会社概要

1 運営

 

 

屋号 : 子の声傾聴会

代表 : 千葉とうしろう

連絡 : contact@konokoe.com

電話 :    050-3746-8728

 

 

2 サービス一覧

 

 

無料レポート   : これに気づけば非行を防げる30の兆し

1時間無料相談  : 子どもの非行・防犯診断・警察対応・ほか

職質思考セミナー : 基本2時間 不定期開催

非行診断     : 15の質問に答えて子どもの非行度をチェック

街頭防犯診断   : あなたの町の、おまわり散歩

 

 

3 職質思考とは

 

 

私がお伝えする職質思考とは、非行の見方です。

 

 

そもそも「職質」とは職務質問の略になります。職務質問をご存知でしょうか。警察官がパトロール中、犯人を見つける為に、犯人を探す材料を見つける為に、警察官以外の人に対して行う質問のことです。

 

 

「ここで何をしているんですか?」「この辺りにお住まいですか?」その問答から、相手が犯罪に関係する人間かどうかを判断したり、または犯罪を解決するヒントが隠されていないかを探すのです。この様な質問のことを、「警察官が職務中に行う質問」すなわち職務質問と呼ぶのです。

 

 

職質思考とは、この職務質問の経験から得られた、犯罪に対する視点です。非行とは何か、子どもが素直に成長するのを妨げるものは何か、どのようにすれば素直に成長するのか、に対する考え方です。子の声傾聴会の「非行を防ぎ、素直な子どもへ」とは、職質思考の視点をベースにしたミッションなのです。

 

 

職務質問は、狭義には「犯罪者を見つけるテクニック」ですが、広義には「犯罪に対する視点・思考法」です。職質思考を磨くことで、犯罪や非行に対する視点を得ることができるのです。

 

 

職質思考セミナーでは、非行を見る視点をアナタにお伝えします。これは、普段は警察官しか見ることができない、犯罪や非行に対する視点です。

 

 

警察官は普段、パトロールで職質を繰り返し、犯罪や非行に対するアンテナを常に磨いています。職質でPDCA(Plan Do Check Action)を回しているのです。

 

 

まず「あの人はどこか怪しんじゃないか」「この辺で職質をすれば、犯罪者に当たるんじゃないか」と予想をつけ、自分なりの仮説を立てます。

 

 

それから、実際に職質を行います。相手に対して「誰なのか」「何をしているのか」「何を持っているのか」などから、犯罪につながるものを見つけます。もし仮に相手が犯罪者だった場合、仮説が正しかったことになります。ですが実際は、犯罪につながることは稀で、ほとんどは空振りに終わります。

 

 

最後に、仮説を検証します。多くの空振りに終わる職質に対して、「どうして犯罪者に当たらなかったのか」「自分が予想した犯罪者はどうしてここを通らなかったのか」「どうしてあの人を怪しいと思ったのか」などを振り返ります。

 

 

そして再度アタックします。検証を踏まえ、もう一度仮説を立て直し、職質に挑むのです。職質は気軽にできるものではありません。職質をされた方は嫌がるのが普通なので、一回一回にとてもエネルギーを使うものです。職質のPDCAにて精度を上げ、日々アップデートに次ぐアップデートを繰り返しているのです。

 

 

職質を繰り返す警察官は、おのずと犯罪に対する視点が磨かれます。この仮説→実施→検証→再実施のサイクルが、警察官の犯罪に対するアンテナを確立しているのです。

 

 

ですが職質思考は、「警察官であれば誰もが持っている」というものではありません。私も、警察官を退職して独立しようとして初めて持つことができました。おそらく現役の警察官であれば持つことはできないでしょう。職質というレアな経験をしていても、現役の警察官はその価値に気づいていないのです。

 

 

というのも、現役の警察官は言動が制限されているので、自由な発想ができない為です。自由な発想ができない為、自身の身近な道具である職質に価値を見出せないのです。

 

 

警察官は、言動が非常に束縛される職業です。

 

 

まず社会的な束縛。これは、「警察官はこうあるべき」「警察のくせにそんなことをしていいのか」という警察に向けた、世の中の見方です。常に行動が監視され、聖人君子たる言動が求められます。警察官個人が独自に出した「こう思う」を生かせないのです。

 

 

次に組織的な束縛。これは、警察組織の、警察官それぞれに対する束縛です。上意下達の警察組織は、「警察官はこうあるべき」という社会の意見をそのまま体現しようとします。組織的にも、警察官個人の自由な発想にフタをし、自由のきかない風潮を作り出しているのです。

 

 

そして個人的な束縛。社会的、組織的に束縛された警察官は、自由な発想をすることに自らフタをしてしまっています。自分たちが官僚主義、減点主義、事なかれ主義であることに気づいていないのです。気づいてもそれを正す発想が持てないでいるのです。

 

 

職質思考とは、今まで誰も気づかなかった「警察官の職質」に目をつけた、非行に対する視点、非行を見抜く技術なのです。

 

4 千葉とうしろうプロフィール

 

 

私がどういう人間なのかを知っていただく為、私の人生プロフィールを書いて見ました。御一読いただければ幸いです。

 

 

s003-10485-15100103

 

(1)いじめ

 

ア いかにつらいか

 

私がいじめられた経験は、小学校5年生のときです。

 

あの時は、学校に行くのがつらくてつらくてしょうがなかったです。クラスから先生がいなくなる時間も不安で不安で。家にいても学校でのいじめの事で頭がいっぱいいっぱいで。

 

なにより自分が情けなくて情けなくて・・。同じ年齢のクラスメイトを相手に、言いなりになっているばかりで反論もできないし。かと言って、いじめられている事を誰かに相談することは決してできませんでした。

 

チクっていじめが大きくなる事に対する不安以前に、いじめられている事を誰かに相談することは、いじめられている事を認めるようでできませんでした。「いじめられてなんかいないよ。」というふりをする事で、今思えばプライドを保っていたのかもしれません。

 

クラスのほとんどが私を見下すような状況でも、いじめの中心的な人間は4~5人でした。その4~5人の人間から、言われるがままになっている自分が許せなくて、悔しくて。

 

クラスの女の子からも、「またいじめられてるよ。かわいそうに。」と見られているのも知ってました。それが自分の情けなさに拍車をかけるのです。

悔しくて、だけど誰にも言えなくて。「いじめられてないよ。なんでもないよ。」という態度で生活する事に徹していました。

 

人を叩いた事も取っ組み合いもした事がなかったので、相手とケンカなんかできないし。相手に言い返す勇気も出なくて。とにかく言いなりで、毎日、嵐が止むのをただただ待っている状況だったと思います。

 

イ いじめの結果どういう性格になったか

 

極度に内向的な性格です。いじめを受ける前と後では、かなり性格が変わったと思います。それまで話ができていたクラスメイトとも話ができなくなり、言いたいことを言えていたのに言えなくなり、明るかった雰囲気がふさぎ込むようになりました。

 

それまで特に気にしていなかった、人の顔色をうかがうようになりました。自信を持って生活していたのが、自信がなくオドオドして生活するようになりました。

 

それと「男らしさ」を気にする様になりました。「男のくせに自分はなさけない。」「男だったら、本当はこうすべきだろう。「自分はなんて情けない男なんだ。」という考えです。男としての力強さ、明るさ、器の広さに憧れを持つようになりました。

 

後に警察官になったのも、いじめがきっかけの一つだったのだと思います。いじめがきっかけで男らしさに憧れを持つようになり、強さの象徴である警察官を職業に選んだのだと思います。

 

(2)スキー

 

ア スキーにはまった大学生時代

 

私がスキーに打ち込んでいたのはだいたい、今から15年ほど前です。ですので私が話すスキーとは、主にその頃の話になります。ずいぶん昔の話になるかと思いますが、おそらくスキー業界にはこの15年、さしたる進歩はないんだと思います。ウィンタースポーツ業界に日が当たる話をとんと聞かないので、そうなのだと思います。

 

私は大学生当時、スキーが大好きでした。私が大学で所属していたのは基礎スキーサークルと呼ばれるものでした。

 

子どものころからスポーツとしてスキーをしていた人たちからは、「大学から始めたスキーなんて大したことないな。」と思われるかもしれません。

競技としてスキーをしていた人たちからは、「基礎なんて大したことないな。」と思われるかもしれません。

部活でスキーをしていた人たちからは、「サークルなんて大したことないな。」と思われるかもしれません。

 

しかし、そのどれもが当時の私として大した問題には思えませんでした。なんと思われようと関係ありませんでした。そのくらいスキーが好きで好きでたまらなかったのです。

 

大学の勉強はそっちのけでスキーにはまりました。一年間の滑走日数は100日くらいだったと思います。寝ても起きてもスキーのことしか考えられませんでした。もちろん、夏の日差しが照りつける季節でさえもです。

 

「大学でのサークル」と、「スキー」というスポーツがうまくかみ合わさった結果、あれほどの吸引力のあるものになったのだと思います。私は、ただただ「スキーがうまくなりたい」「スキー技術を向上したい」の一心で日々、生活していました。講義を聞いている時はもちろんの事、電車を待っているホーム上でも。買い物をしに東京の街中を歩いているときでも。

 

そしてそれは、「大学4年間の限定の活動だとわかっていたこと」「サークル内でスキーの順位が下であれば、上位者のサポートに回らなければならないこと」「大会に選手として出場したかったこと」「仲間とワイワイするのが楽しかったこと」などの外部環境が、うまくスキーの魅力そのものと合致した結果、「スキーがうまくなりたい」「スキー技術を向上したい」という欲求に至ったのだと思います。

 

イ スキーに対する違和感とは

 

あれほど好きだったスキーですが、私は今はスキーをしていません。最後に滑ったのは10年ほど前です。大学を卒業して社会人になってからも、スキーが忘れられず4〜5年ほど練習をしましたが、もうスキーはしていません。

 

それはスキーというものがハードルが高く、片手間にやるものではないからです。「お金もかかるし時間もかかるし」です。本気で打ち込んでいないと、楽しめるようなものではありません。スポーツとしてスキーをするなら楽しめますが、レジャーとしてのスキーにはそれほど魅力は感じないのです。

 

スキーはお金もかかるし時間も掛かります。移動距離が長く、スキー場に着くまでに半日かかります。車での移動では運転前に睡眠時間も確保しなければならないため、直前に予定は入れられません。よっぽどスキー自体にほれこんでいなければ、大事な休みを削ってまでスキーをしようと思いません。

 

お金もかかります。あらかじめスキー道具一式やウェアまでもそろえていないと、スキーは楽しめません。そして何十万円も掛けてスキー用具をそろえるなんて、よっぽどスキーに惚れ込んでいなければできません。

 

スキー用具のレンタルの質の悪さは、15年ほど前から大して変わっていないでしょう。ずっと手入れがされていない道具と時代遅れのウェアで滑れって方が間違いです。

 

「所有」は時代遅れなので、スキー用具もレンタルが当たり前になるようなシステム作りが必要です。そもそも「レンタル」という言葉がよくないですね。いかにも「素人です」みたいな感じで。「レンタルスキー」という悪い響きの言葉がなくなればいいんです。

 

スキーを滑れる人がドヤ顔でビュンビュン飛ばして滑るのもよくありません。リフト降り場から、リフト乗り場まで一直線。歩行者の間をぬって走る暴走自転車のような滑り。実を言うと、私もそっちの人間でした。爽快感や疾走感がスキーの魅力の一つなのもわかります。しかし何かしら規制されるべきです。

 

起業するにあたって、学生時代に大好きだったスキーをネタに起業したいとも思ったのですが、このスキーに対する違和感がどうしても拭えず、今に至っています。スキーにもう一度没頭したい気持ちと、スキーに対する不信感が半々です。スキーをビジネスにからめようとも思っているのですが、もしかしたら今後スキーを絡めるようなものが出てくるかもしれません。

 

 

(4)警察組織

 

ア 警察の長所

 

(ア)規律

 

警察では規律を学ぶことができます。規律の良さです。この規律の良さとは、「ビシッとしていることの格好良さ」です。規律正しいものに格好良さを感じるようになるのです。背筋を伸ばして、挨拶をしっかりして、返事をしっかりとして、謙虚な態度で。

 

反対にチャラチャラしたものに嫌悪感を持つようになります。だらしない格好をしている若者に対して「それじゃダメだろう」と思うようになるのです。派手な髪の毛で、だらしない服装で、威圧的なアクセサリーで飾って、というのを、避けるようになります。

 

だからおそらく、警察官は自分の子どもにもある程度の規律を求めると思います。返事をしっかりするとかチャラチャラした服装をしないとか。ただ実際に子どもが、そのような親のしつけを受け入れるかどうかは別ですが。

 

(イ)担力

 

警察官になると、他の職種よりも担力がつくと思います。警察官になったらば、生意気な子ども、不良少年、街のチンピラ、半グレ、ヤクザ者などと接することが一度や二度ではありません。

 

そのような、威圧的な態度で押してくるような連中に話しかけ、彼らの話を聞き、彼らにこちらの要求を通し、時には力づくで彼らを押さえるという経験をしているのです。

 

それに制服を着ていれば、警察官は街中で逃げるわけにもいきません。反社会的・威圧的な連中のみならず、自然災害や火災や交通事故など、難しい判断を秒速で求められる現場からも逃げるわけにもいきません。しかも多数の聴衆がいる中で、それらの判断を下しているのです。

 

警察の組織内にも、担力を鍛えてくれるシステムがあります。上司です。

やはり警察は上位解脱の組織です。この上位解脱の精神は、他の民間会社よりも浸透していると思います。全国に30万人近い警察官がおり、その多くが上位解脱の組織風土を良しとしているのです。その中ではやはり上司の意向にはさからえません。

 

警察官は反社会的な連中を押さえる役割も担っているため、彼らと接する中で、どうしても警察官自身も強面になったり、相手に圧を与える怒鳴り方を覚えたりします。

 

そのような上司と一緒に仕事をしているだけで、担力がつくと思います。強面で威圧的な雰囲気で押してくる上司は求めるハードルも高く、報連相を重視します。曖昧な仕事だったり、しどろもどろな態度はゆるされません。

 

(ウ) 中立性

 

警察官になって得ることができたメリットの一つに、中立性の大切さがあります。これは「当事者以外の第三者の立場」という意味です。例えば警察官であれば、街中でトラブルを解決することがよくあります。酔っ払いどうしだったり、男性対女性だったり、ホームレスもいますし、チンピラもいますし、お店の店員さんもいます。そんな、街中のトラブルを解決する中で、当事者以外の立場というのを意識できるようになりました。

 

というのは、トラブルの当事者というのは自分に都合のいいことしか言わないからです。トラブルを和解させるために彼らから話を聞こうとすると、事実を都合よく解釈して、警察官に説明します。原因が自らにあったとしたら、トラブルの当事者は、その原因を直接ありのままに言うことはありません。必ず自身の都合のいいように曲げてから説明します。周りの連中も、トラブルになっている自分の仲間に加勢します。

 

そこで重要になるのが、中立性です。中立的な立場で事実を割り出し、常識に照らして妥当な判断でトラブルを解決するのです。話は当事者から聞かなければなりません。しかし、当事者の話を鵜呑みにするわけにはいきません。事実は歪曲されて離されることがほとんどです。比較的、動かしようがない事実を一つ一つ積み重ね、「いつ、どこで、誰が、誰に対し、なぜ、どのように、どうした」を追及するのです。

 

(エ)警察にならなければ得られない経験

 

事件や事故の現場に臨場し、その背景を知ることができるのは、警察官でなければ得られない貴重な経験だと思います。

 

事件や事故の現場は非常に貴重です。後で人から話しを聞いただけではわからない、得られないものがたくさん充満しています。現場の空気や雰囲気を肌で味わい、自分の目で、耳で、鼻で情報を得ます。人にはそれぞれ「自分の視点」があるので、自分で得た情報ほど、自分にとって重要な情報はありません。人を介して得た情報には疑問が残り、それはどんなにガンバっても自分で直接得た情報にはかないません。

 

背景も重要です。現場からでは得られない情報を伝えてくれます。当事者の人間性、足取り、生活環境、金銭感覚などです。

それら事件事故の背景と、現場で得た情報を合わせ解釈して初めて、その事件事故の全容が見えてくるのです。

 

そしてそこまで事件事故を見ることができれば、今度はそれを他にいかすことができます。警察官自身が教訓とすることができるのです。その事件事故を防ぐにはどうすればよかったのか。自分の家族を守るにはどうすればよいか。次回、同じような事件事故があったらどのように対処すればよいか。

 

事件事故というのは、皆さんのとても身近にあります。ただ、接する場面がないだけです。壁一枚を隔てた向こう側で、犯罪が行われているかもしれません。皆さんが住んでいるすぐ近くで、警察官が現場検証をしているかもしれません。ただ、皆さんにはそれらに気づく機会がないだけです。

 

事件や事故というのは、唐突にやってきます。誰もそれらを望む人はいません。ある日、それまでの日常が急にひっくり返り、目の前に警察官が現れるのです。そこで自身が事件事故の当事者であったり、事件事故に巻き込まれている事を認識するのです。

 

このような事実を知ることは警察官にでもならない限り知らないことであり、何事にも変えられない貴重な経験です。

 

イ 警察の短所

 

(ア)上位解脱

 

警察組織は極端に上位解脱です。

 

もちろん上位解脱には良い面もあります。トップの指示を末端で浸透させることができます。ピラミッド型の組織において、誰もがトップと同じ方向を向かせることができます。

 

しかしこれは、ネットが浸透した現代では非常にもろいものです。有益な情報に誰もがアクセスでき、誰もがどんな情報でも得られる社会です。もはやトップだけが有益な情報を得られ、それを浸透させるだけの組織はありません。末端も有益な情報得て、それぞれ独自に考えて行動する現代です。

 

上位解脱は時代に合わないのだと思います。誰もが独自に考えられる・考えることを求められる川の流れの中で、警察だけがかたくなに上位解脱を旨としていても、いずれ崩れます。

 

(イ) 事なかれ主義

 

上位解脱と密接な関係にあるのが事なかれ主義です。事なかれ主義の原因は上位解脱の精神にあります。極端な上位解脱の組織であるが故に、事なかれ主義なのです。

 

仕事をしていて、何か不都合があったとしても求められるのは「異常なし報告」です。少しのほころび、小さなトラブルはスルーされ、「異常なし」との報告がなされます。この原因は二つあり、叱責を恐れるが故と、先輩方に対する配慮です。どちらも上位解脱による弊害です。

 

まず、叱責を恐れるが故についてです。パワハラ上等・部下は上司に絶対服従な組織風土なので、上司は部下を叱責することにためらいがありません。もちろん人それぞれに程度の違いはあれど、総じてパワハラレベルの高い叱責をする傾向にあります。ですのでやはり部下としては、できるだけ余計な報告はしたくありません。いくら警察官には誰でも胆力が付いているとはいえ、わざわざ火中の栗を拾おうとはしません。そこは人間性が出ます。

 

次に先輩方に対する配慮についてです。仕事において何かほころびを見つけることは「諸先輩方に対する配慮に欠ける」という風紀があるのです。

 

極端に書くと「今の組織のシステム・風紀は、諸先輩方が残してくれた大切なものです。日本の激動期を乗り越え、汗水ときには血を流して日本の治安を守ってくれた先輩方が残してくれた組織です。私たちの使命は、この組織を後代に引き継ぐこと。諸先輩方が残してくれた組織にほころびなんてものは無い!」ということなのです。

 

(ウ)本音と建前

 

これは警察だけでなく公務員全般に言えることなのですが、国民は警察官に対し、聖人君子であることを求めます。「警察官なんだから、このくらいしてくれよ。」「警察官がそんな態度でいいのか」「警察のくせにそんなことも知らないのか。」などです。

 

しかし忘れてはならないし動かしがたい事実であるのが、警察官も結局は人間であるということです。人並みに好きなことも嫌いなことがあり、それは警察官以外の人間となんら変わるものではありません。警察官に聖人君子であることを求めることが無理なのです。

 

そして更に良くないことが「警察組織も国民の前では聖人君子であろうとすること」です。裏ではどんなに人間臭くても、仕事をしている間・制服を着ている間は聖人君子らしく清廉潔白に振舞おうという空気があるのです。

 

そこで本音と建前を使い分ける結果になり、警察官自身を苦しめているのです。もう少し素を出していいんだと思います。人間的な部分を認め、仕事の間も素を出していく。警察組織に、建前でなく本音で話す癖をつける。そうすれば警察はもっと働きやすくなり、それは国民の利益にもなると思っています。

 

 

(5)子ども

 

子どもができて変わったのは、子どものいる社会を意識し始めたことです。それまで子どもの存在なんて、ほとんど社会の中で意識してきませんでした。「子どもは弱い存在だから、社会で守らなければ」なんて思ったことはありませんでした。

 

仕事の中でも相手にするのは悪ガキなので、「犯罪者の予備軍」くらいにしかおもいませんでした。親戚には小さい子どもがいたし、近所にも子どもがいましたが、他人の家の子どもですし、意識して目を合わせないようにしてきたかもしれません。

 

ですが子どもができて改めて見てみると、確かに守るべき存在だと思います。弱いし危なっかしいし社会性もない子どもですが、身を呈して守るだけの十分すぎるほどの魅力を持っています。

 

私は特に、子どもの無邪気な表情にひかれます。素直で一生懸命な表情をしている子どもの、あの顔を絶やしてはいけないと思います。無邪気な子どもたちを見ていると、この中の何割かが将来、犯罪者になるであろうことが不思議に思えます。

 

(6)起業

 

ア 起業という選択

 

なぜ起業という選択をしたかというと、警察の仕事に違和感を感じたからです。もちろん警察官を拝命した当初は、使命感に燃えていたところもありました。怖いもの無しで仕事に打ち込んだ記憶もあります。

 

しかし、どうしても違和感が拭えなかったのです。「このまま警察官でいては、自分も社会も幸せにはならないんじゃないか」という違和感・不信感です。

 

ワークライフバランスと言われているにも関わらず、ひたすら家庭も顧みずに仕事に打ち込むことが善とされる空気。嘘や各種ハラスメントがまかり通る雰囲気。国民の利益になっているかわからない・社会の子どものためになっているかわからない・本来の意味を失って一人歩きしている施作や法。

 

「それらは生涯を費やして共にあるべきものなか」と疑問を持ったのです。人生の、脂ののった働き盛りの時期を、この組織と共に生きることに疑問を持ったからです。

 

そしてもう一つ、自分の能力では警察管として大成できないという思いがあったのも事実です。言わばドロップアウトです。

 

男だったらやはり、「仕事で上に行きたい」と思うのは当然だと思います。「いつまでも使われる立場ではなく、責任がある立場に上りたい」「自分の仕事で大成し、自分に存在価値を見出したい」と望むのは、男としての基本的な欲求だと思います。しかし私は警察組織においてそれができませんでした。

 

警察組織において大成するとは階級を上げることと、ほぼ同義です。階級を上げれば給料が(微々たるものですが)上がり、周囲の信頼も上がり、責任も増え、勉強しなければならないことも増え、警察としての視野も広がり、自身も成長するのです。

 

しかし、それゆえに手放さなければならないものもあります。自由です。階級を上げると、より自由がなくなるのです。しばりが増えるとも言います。仕事が増え、責任の範囲が広がり、帰る時間が遅くなり、休日も少なくなる「しばり」が増えることに、私は価値を見出せませんでした。

 

もし仮に私が独身だったならば、階級を上げることに重きをおくことも有りだったかもしれません。ストイックに警察人生を突き詰めるのです。休日も出勤し朝から夜中まで、ただただ警察業務に人生を費やすのも、それはそれで人生だと思います。警察は社会の根幹に携わる仕事であり、警察業務には人生をかけるだけの価値があるのだと思います。

 

しかし片一方では、結婚し、子どもができ、両親の介護も必要な状態で、ストイックにしばりを増やすことは、家庭を顧みないことを意味します。私にはそれができませんでした。私は警察人生をストイックに突き進むことと家庭を両天秤にかけ、家庭をとったのです。警察人生よりも、子どもと過ごし、年取った両親も見守りながら生活する道を選んだのです。

 

警察人生を全うすべく、ストイックに突き進んでいる人は大勢いますが、自分には「ああいう風にはなれない」と思ったのです。そして「警察人生を全うしようとする人がいる中で、家庭を重視する道を選択した自分の存在価値が見出せない」「ストイックに仕事をする人がいる中で、そうできない自分が男として情けない」と思ったのです。

 

 

イ 情報発信

 

警察官をしていて一番できないものの一つが、情報発信です。おそらく、警察官を現役でやっていて、大々的に情報発信をしている人は、皆無だと思います。もししている人がいれば、よっぽど先進的な考えをもっているか、その逆かだと思います。

 

というのは、警察官にとって情報発信は非常にリスクが高いからです。

 

警察官の仕事には、外部的には秘密にしているからこそ成り立つ部分が多くあります。突き詰めればグレーゾーンだけど、あいまいにしている部分が多くあるのです。

 

もちろんグレーゾーンがあるのは、どこの業界でも同じだと思います。手をつけたり触れたりしてはいけない聖域はどの組織にもあります。が、特に公務員や官僚、大企業を叩く空気が整っている現代、それは社会の矛先になってしまいます。

 

そもそも警察官の仕事は社会の人々の暮らしに密接に関わっているので、警察のグレーゾーンとは社会の暮らしのグレーゾーンであり、そこを明らかにすることは、社会の矛盾を明らかにすることなのです

 

しかし、人々は警察に聖人君子であることをもとめます。本当は聖人君子なんていないのに、高い倫理性を求めます。グレーゾーンをなくすことは、聖人君子であることを放棄することになるのです。「本当は影であいまいな処理しているんじゃないか?本当に警察に適正に処理されているのか?どっちなんだ?」というグレーゾーン、触れてはいけない聖域に対し、あえて触れて聖域でなくする、グレーゾーンに日を当てることは、ゲスいところもある事を認めることなので、警察はグレーゾーンに日を当てようとしないのです。

 

ですが、グレーゾーンにはデメリットばかりではありません。メリットもあるのです。あいまいにしているからこそ、社会でストレスなく生活できる部分も確かにあります。しかし一度グレーゾーンに日を当てようとすると、デメリットばかりでなく、あいまい出会ったからこそ受けることができていたメリットもなくしてしまわなければなりません。

 

個々の警察官が情報を発信するということは、今の組織に対し、意義を申し立てることです。グレーゾーンに日を当てること。あいまいにしてた事に「それは違うんじゃないか」と申し向けること。だから、警察官にとって、情報発信はリスクが高いのです。

 

 

警察官は、自分が警察官であることを言いたがらないのは、そういうところにあります。話の中であいまいな部分をあいまいでなくするのが怖いため、グレーゾーンを突かれるのが怖いため、警察業務に触れた話をされるのが怖いのです。

 

ところが、起業の世界では「情報発信なんてできない」などと言って入られません。というか、情報発信こそが魅力の世界です。

 

自身の商品を売るには宣伝しなければなりません。「こういう商品を持っています。」「この商品はこういうものです。」相手に伝えようとしなければ伝わりません。

 

そして「相手に伝えること」が起業の魅力でもあるのです。自身に問い掛け、過去を振り返って未来を探って、自分が作った商品や自身を売り込む。

 

情報発信することは、起業活動でなければ味わえない魅力だと思います。

 

ウ 幅広い視野

 

幅広い視野を手に入れられることも、起業の魅力として感じています。それは、人脈と読書によって得られる視野です。人との交流と、読書から幅広い視野を得られ、それを仕事に直結できるのです。

 

たしかに起業しなくても、人との交流は大事ですし、読書をすることはできます。しかし、起業活動の中でこれらは仕事に直結しているため、より熱意をもって取り組むことができます。優先順位が高くなるのです。

 

(ア)読書

 

私は今までの人生で、読書をほとんどしてきませんでした。読書というものを最後にしたのは小学校の時の読書感想文くらいで、その後の学生時代に本を読んだ記憶がありません。テレビなどで「若者の読書離れ」が指摘されると、「自分のことだ」と思っていました。

 

小学校以来してこなかった読書を再開したのは社会人になってからです。社会人になって「もっともっと知識を増やさなければならない」と思い、28歳くらいから読書をするようになりました。それから30歳をすぎて起業を目指して活動する中で、読書の有用性と楽しさを感じ、意識してより多く本を読むようになりました。今は大体、一ヶ月に10冊くらいのペースです。

 

多くの方が言われているように、読書は知見を広めるのにとてもいいモノです。インターネットを見たり、テレビを見るのとは違い、深い知識を得ることができるものだと思います。多くの本を読めば、相乗効果でどんどん知識が広く深くなると思います。

 

それにときどき、自身の心に刺さる文章や言葉に出会えるのも魅力です。一冊でなく、一言の言葉や、2〜3行の文章で人生が変わります。

 

(イ)人脈

 

私はこれまで、人と話をするのが大の苦手でした。大勢を前に話をする事のみならず、一対一で話をするのも苦手で、この人と話をすることの苦手意識は一生治らないモノだと思っていました。しかし、企業活動をとおして多くの人と接する中で、この苦手意識は治らないモノではないと思えてきました。

 

私は起業塾のコミュニティーに加入しており、そこで起業のイロハを学びました。私と同じように、起業を目指して集まってきた仲間と、起業する分野を絞ったり、商品を練ったりしていました。

 

自分の起業ネタを相手に説明して意見を求め、また相手の起業ネタを聞いて意見します。起業活動は、自分の内面を深く探り、「自分は何をしたいのか」「自分の求めるモノは何なのか」「自分のやりたい事と実際のビジネスをどう結びつけるか」など、自身の内面に深く関わることなので、うまく自分の内面を相手に説明する術を身につけることができました。

 

 

 

▼シェアをお願い致します!▼

お問い合わせ・ご相談はこちら

メールでのお問い合わせ

contact@konokoe.com

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせフォーム »

コラムテーマ一覧

過去のコラム

主なコラム

⇑ PAGE TOP