「筒井康隆の共感」というエンジン。創作活動最大の不安が軽減する〜創作活動の極意と掟
「共感」という言葉があるけれど、される側にとって、これほど心強いものはない。
人は常に不安と隣り合わせで生活している。堂々と胸を張って、100パーセントの自信満々で前へ進んでいる人などいない。朝起きれば一日が心配になるし、SNSでの投稿は気になるし、家族の行く末を案じることだって必要、自分の人生を思ってはブルーな気持ちにだってなり、仕事に出ては当たり前のように思い悩む。生活とは不安づけの毎日なのだ。
そんなときに、「オレもだよ」とか「自分もそうだよ」と、自分と同じ方向を向いている人を見つけることは、なんと心強いことか。探していたものをやっと見つけた感じだ。ようやく座れる。
やはり、赤信号は二人以上で渡るものなのだ。一人だと不安なものが、どうしてか二人以上だと不安が軽減する。進む方向が同じ仲間を見つけることが、本質的に不安の詰まっている人生を前に進めるエンジンになる。
そういう意味では、この本は創作を前に進めるエンジンとも言える。立ち止まっている車に取り付ければ、たちどころに進み始めるに違いない。ブースターになるだろう。どういうことか。
人の生活と同じように、創作活動というものにも常に不安がつきまとう。不安との闘いと言っていい。不安と言っても、締め切りとか、創作すべき量とか、そのような現実的な不安ではない。不安とは、自分の内面にある自身の無さだ。自身の無さとの闘いが、創作活動の本懐と言える。
創作活動をする人、「創作活動をしよう」と心に決めた人であれば、世に対して何かしら問いたいことがあるのだろう。表現したいことがあるのだろう。言いたいことがあるのだろう。
政治家を見ては「そんな政治はダメだ。オレが考えてるやり方のほうが正しい」だったり。小説を読んでは「オレの小説のほうがもっと面白いしためになる」だったり。「こうした方がもっと世の中のためになるんではないか」「人の為になるのではないか」という意気込みがあるから、自分の内面を表現するのだ。創作するのだ。
けれど「自分の考えが100パーセント正しいのか」と問われるとそうとも言えなくて、いくらでも抜け道は考えられる。
著者の筒井康隆に言わせると、自分の表現や主張に抜け道があるから、不安なところがあるから、創作活動には凄みが内包されてくるというのだ。創作物には本来的に凄味が含まれる。なので、「創作物には凄味が必要」とは言うけれど、凄みとは創作活動をする以上、必然的に創作物には含まれるものなのだ。
もしも自分の創作活動に微塵も不安が無いのなら、それはもはや創作活動とは言えない。100パーセント世に受け入れられるとわかっているのなら、それは創作活動の意味をなさない。すでに世の中にあるものを作るのであれば、それはもはやコピーであって複製であって、創作ではない。
世の中のメジャーからは離れていればいるほど、創作活動には凄味が宿る。自分の表現に説得力をもたせようとするから。論理的に確固たるものにしようとしたり、気迫のある表現で押し切ろうとしたり。
本来であれば共感できないもの、「えっ!?」と驚かれるようなもの、それまで考えもしなかったこと。そんなものを他人に共感してもらうように、受け入れてもらうように、認めてもらうように、あの手この手を尽くすから、創作物には凄味が宿るのだ。僕の解釈ではそう読めた。
本書の第一章「凄味」を読んでいると、読んでいる自分にエンジンが搭載されてくるのがわかる。自分と同じ方向に向かっている人がほんのりと見えてくる。周りにいる人たちが、実は自分と同じ方向を向いて生きていたのだというのがわかってくる。
というのも、筒井康隆ほどの作家でさえ、「誰でも創作活動には不安がある」と言っているから。創作の巨匠でさえそう言っている。筒井康隆と言えば、その腕前を知るには「残像に口紅を」を読んでみるのが一番だろう。日本語という言語を扱うそのテクニックたるや。使える言葉の幅広さ、あるいは汎用な言葉から芳醇なイメージを読者に抱かせる応用の具合を、まざまざと見せつけられる。
その筒井康隆が「誰でも不安がある」と言ってるのだから、これほどエンジンとして推進力のあるものはない。「筒井康隆ほどの人間でさえ表現することに不安があるのか」と安心する。
結局、不安を取り除くのは他人なのだ。「自分だけではない」とか「孤独なわけではない」という頼るものがなければ、なかなか前に進めない。自分と同じように前に歩いている人を見て始めて自分の一歩一歩が力強いものになる。
妙なもので、創作活動はしきりに自分の内面との闘いであって、どれだけ自分の素の部分、他人から影響されていない所を掘り起こすかという作業だけれど、いざ掘り起こしていみると不安だらけである。それを世に発表するには、不安を取り除くために今度は自分の内面でなく、自分と同じような人間を見つける必要があるのだ。
創作活動に不安はつきものだけど、不安があるからこそ、その創作活動には意味がある。創作活動足り得る。世の中のメジャーとはズレているから創作物に凄味がにじみ出る。「創作活動をする限りは誰でも不安なのだ」という推進力を感じ取れる本である。
仕事依頼、絶賛受付中です。
犯罪、非行、警察関係、子育てなどに関しての記事執筆。人前で話すのも得意なので、講演依頼などもお待ちしています。下記お問い合わせフォームまたはメールにて承ります。
イライラは良くないし、できればイライラしないで生活したい。
感情的になりがちな性格をコントロールして、楽しく笑いながら生活するためのヒントを載せた本です。 「イライラしてはいけない」と頑張っている方々に向けて書きました。
電子書籍でも買えますし、紙の本(プリント・オン・デマンド)も選べます。
「犯罪と非行をなくして、思いやりを育む方法」の小冊子になります。
「こうすれば思いやりを育めるよ」「思いやりって、つまりはこんなことだよ」というのを載せました。
思いやりとは、スナイパー(狙撃手)のようなものである。35,222文字。目次はこちらで公開しています。
下のフォームにてお名前とメールアドレスを入力のうえ、無料でダウンロードできますので、ぜひ読んでみてください。
[contact-form-7 id=”4057″ title=”小冊子ダウンロード”]
30分の無料相談を承っております。子ども、非行、犯罪、警察対応、などのキーワードで気になりましたらご利用ください。基本はウェブ会議アプリを使ってのオンラインですが、電話や面談も対応できます。
モヤモヤ状態のあなたが、イキイキとする無料相談です。次の一歩を踏み出すために、お気軽にお問い合わせください。
下記お問い合わせフォームで「相談希望」である旨をお知らせ下さい。
[contact-form-7 id=”2700″ title=”お問い合わせ”]
「素直さ」を考えるセミナーを定期的に開催しています。スケジュール・詳細はこちらをご覧ください。
自己中が思いやりに、
生真面目が寛容に、
怒りっぽさが優しさに、
そして非行が素直に変わります。
心よりお待ちしております。
[contact-form-7 id=”10255″ title=”セミナー申込みフォーム”]
関連する投稿
- どら焼きを食べながら「怒りについて」を読もう
- ローマ皇帝は桜木花道なのか。BBC「ザ・ローマ」に見るレトリックと詭弁
- すべての本の共通点。本には何が書かれているか〜ドラえもんの読書感想文が書ける
- 正当な対価という自己都合な倫理〜お金は銀行に預けるな
- どうして文章を書いていると考えがはっきりするのか〜伝わる・揺さぶる!文章を書く
現在の記事: 「筒井康隆の共感」というエンジン。創作活動最大の不安が軽減する〜創作活動の極意と掟