ひねり出された著者の素。文字が1つずつ無くなっていく世界〜残像に口紅を

2020.12.07 (月)

 

 

なるほど。噂の「文字が1つずつ無くなっていく世界」の話を読んだ。

 

 

筒井康隆の作品で、文字が1つずつ無くなっていく世界のお話、というのは聞いたことがあった。で、この間ユーチューブ動画を見ていたら、たまたま見ていたユーチューバーが「筒井康隆の本を読んだ」のようなことを言っていて、それで「よし、僕も読もうか」となった。

 

 

ネットで「筒井康隆 おすすめ」で検索してみたところ、2〜3のサイトを見てみたけど、どのサイトでも「残像に口紅を」をおすすめにあげていたので、今回読んで見る運びとなった。

 

 

まあ、ストーリーがこうなるのは仕方がないよね。「文字が1つずつ無くなっていく世界」に対して王道なストーリーを期待したら、さすがにそれは「期待しすぎ」というものだろう。「残像に口紅を」のストーリーは、ストーリーが有るような無いような。言ってみれば、ただただ主人公が右往左往しているだけではある。

 

 

主人公は作家で、「今度のストーリーは、文字が1つずつ無くなっていく、というのはどうだろう」と編集者に尋ねる。編集者も快諾し、「じゃあ行ってみよう」と話が進む。主人公も編集者も、自分たちが本の世界の住人であって虚構内の人間であることを知っている。自分たちの生活がそのまま現実世界のストーリーになって読者に読まれることをわかっている。だから、主人公と編集者の考えたアイディアが、そのまま動き始めるのだ。

 

 

途中、半分くらいで随分長いエロ話が出てくるんだけど、そこには苦笑してしまった。「なんだエロ話かよ」という感じ。「『文字が1つずつ無くなっていく世界』はいいんだけど、ちょっと間延びした感じで、どこかドタバタが欲しいね」という話を主人公と編集者がしていて、「じゃあちょっと読者を飽きさせないように事件を起こそうか」という話になった。それで出てきたのがエロということ。

 

 

読んでいて、「文字が1つずつ無くなっていく世界で起こる事件ってどんななんだろう?」と期待してしまった。コナンとか古畑任三郎のような殺人事件とか、あるいはミステリーのような事件が起こるのかと期待したのだけど、フタを開けてみればただのエロ話だった。

 

 

まあ、「ただのエロ話」とはいえ、使える文字が少なくなっていく中で情事を描写しなくてはならない。「ぱ」という文字が使えない中で「手は今、丘全体を強くつかみたい衝動に耐えている」とか、「せ」という文字が使えない中で「ただその行為によって漸進するだけだ」とか、いろんな言い方を試しながら、だけどしっかりとした誘惑のある描写になっている。

 

 

僕が一番ツッコみたくなったのは、タイトルの意味がわかったときだ。「残像に口紅を」というタイトルだけを見れば、どこか切ない香りが漂っている。大事な人との別れとか、そういう意味なんだろうなという気はしていた。

 

 

で、確かに「残像に口紅を」というのは、主人公が大事な人との別れの中で使われていた言葉だ。ここには切ない香りも漂っていた。けれど、本全体を通してドタバタ劇で、どこかコミカルさは拭えないのだ。そんな雰囲気の中で「残像」とか「口紅」という言葉が使われていたときは、「なんだ、ここからとったのかよ」と、裏拳で著者の胸をパンと叩きたくなった。

 

 

コミカルさとシリアスさが同居している小説であって、その雰囲気を作れるのは上手いのだと思う。「パプリカ」もそうだったけど、ドタバタの中に悲劇がある。「この辺が筒井康隆の作品の雰囲気なんだろうな」と思えたのも確かだ。けれど、もしもタイトルにシリアス感を出すのだとしたら、もっと全体的な雰囲気を汲み取った言葉を使って、タイトルを作ってほしかった。

 

 

「残像」とか「口紅」という言葉を使ったタイトルだと、「『タイトルをどうしようか』と考えてテキトーにそれっぽい文字を本文から拾ってきた」のように思えてしまう。「残像」も「口紅」も、ごくごく全体の一部だからだ。

 

 

象徴的な場面で使われていた言葉ではあるのだけれど、「残像」や「口紅」に関わっていた人物が、それほど重要な人物であるとは思えなかったし。まあ、主人公にしたら大事な人なんだろうけど。読んでいる方としては、その人物がストーリー内の重要さでは3番手とか4番手に思える。

 

 

だから「これ、タイトルは「ひかれそうな文字」で「雰囲気のある文字」を、それほど考えなしにピックアップしただけだろう」と思ってしまった。その辺りの場当たり感も、「津筒井康隆のドタバタ感っぽくていい」というところなのかもしれないけれど。

 

 

言いたいことがもう1つ。主人公は筒井康隆本人の投影なんだろうけれど、主人公の話す内容……というか行動が、「エロ」「作家活動について」「自身の子どもの頃の思い出」というのが面白かった。「文字が1つずつ無くなっていく世界」という大きな制限が掛かる中なので、著者本人としても話しやすい話、自分が書きやすい話、いくらでも話が思いつく話を入れてきたのだと思う。いわば、これが素の著者の思いなのだ。「文字が1つずつ無くなっていく世界」という制限があったからこそ、ひねり出された著者の素なのだ。

 

 


 

 

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