親は教育ハラスメントに気づくべきだ。9年浪人するという妄信

2021.03.18 (木)

教育はハラスメント足り得るのか

母親が子どもを9年も無理に浪人させたらしい。31歳の娘が母親を包丁で刺殺した事件2018年に滋賀県であった。この事件のウラにあるのは、「親が子どもに教育を強いる」という問題。親が子どもに教育するのはいつの時代も普遍だけれど、それがハラスメントという見方をされるのは現代特有である。

 

 

「教育ハラスメント」という言葉は、果たして正当なのか。「教育」という一見当たり前のことは、ハラスメントになりえるのか。教育をハラスメントとして呼んでも良いのか。

 

 

歴史は自由の獲得の積み重ねだと考えれば、僕は親が子どもを教育する姿をハラスメントだと非難すべきだ。親が子どもの為に視野狭窄になっている姿にこそ、僕は疑問を呈したい。教育はハラスメント足り得るのだ。

 

 

親であれば、子どもが将来幸せになってくれることを望む。時々「いや、自分は子どもに大したことは望まない」と話す親もいるけれど、それは嘘だろう。というのも、親は誰でも子どもには自分よりもいい人生を歩んでもらうことを望む生き物なのだ。

 

 

「子どものため」と称して結局は親自身のためになるのだけれど、それは世間から認められたいと思う欲求からくるものである。たとえ親自身が大したことのない人生で終わろうとしても、子どもが大したことのある人生を歩んでくれれば、親としては不思議と報われた気持ちになる。

 

 

親は子どもに自分を投影してしまう生き物なのだ。

 

 

昔、こんなホラー漫画があった。女優として人気を博していた母親がいたが、衰えていく自分の外見が嫌になる。そこで子どもに自分の人格を入れることにするのだ。女の子を生み、狂気なまでに大事に育てる。自分の娘の少しの受傷も許さずに育て上げ、中学生くらいに育ったところで、手術で自分の人格を娘に移す。体は美少女なのに心は母親、という生き物の完成である。この漫画を僕は最後まで読んでおらず、ラストにどういう結末が描かれているのかわからないけれど、おそらく娘の体を手に入れた母親の希望通りのラストにはならなかったのではないか。

 

 

歴史は自由を獲得することで進む

僕は歴史を、自由の獲得の積み重ねとして見るのが好きだ。自由の獲得とは、視野が広がることを意味するからだ。それまで当たり前だと思っていたものが、実は構造に支配されていたのだと知る。田舎では近所付き合いが当たり前だったけれど、都会に出てみれば近所付き合いなんてほとんどない。子どもの頃は学校に通うことに疑いを持たなかったけれど、大人になってみれば学校に通わずに過ごす家庭が、特に海外では多いことに気づく。

 

 

中学の頃の社会の先生が面白い話をしていた。江戸時代の農民たちは、自分たちが将軍や侍に支配されることを嫌だと思っていなかった。それは、自分たちが支配されることを当たり前だと思っていたからだ。農民一揆などで騒ぎは起こすけれど、それは決してクーデターではない。支配の往下関係をひっくりかえそうとして一揆を起こすのではない。「もう少し年貢を軽くしくれ」という意味で、一揆を起こしていたのだそうだ。

 

 

現代の僕たちから考えると、そんな江戸時代の農民たちの価値観を「狭い」とか「窮屈だ」と思う。上の人間の完全なる支配下にあるわけなので、「そんな人生は嫌だ」と考える。けれど当時の農民たちは僕たちが思うほど、自分たちの生活を嫌だとは思っていなかった。支配の外を考えつかなかったからだ。「自分たちは支配されており、この支配関係はひっくり返せる」という認識を持てずにいたからだ。

 

 

江戸時代に比べれば、現代は随分と世界が広がっていると言える。自由が広がっている。身分なんてものは無くなったし、不平等とか不公平に対する認識が深まっている。部落という差別は無くなっているのではないか。

 

 

けれどもしも未来に住む人たちの意見を現代の僕たちが聞けるのだとしたら、やはり僕たちの認識もまだまだ甘いのかもしれない。僕たちもまだまだ不自由なのかもしれない。見えていない構造の中に組み込まれているのかもしれない。

 

 

歴史とは自由の獲得の積み重ね。僕たちを縛っている束縛の認識、そしてその束縛からの解放である。歴史という時間が経つと同時に、「こんなことをやってもいいんだ」という理解が広がる。覆っている支配が歴史の進行とともにどんどん小さくなる。歴史が進むとは、自由が広がることなのだ。

 

 

「どちらが正しいか」という問題がある時に、僕は「どちらが自由か」という観点で考える。

 

 

教育はハラスメント足り得る

最近はなんでもかんでもハラスメントをつけるのが一般的になっている。自分に都合の悪いことがあれば何でもハラスメントをつけて、さも自分に正当性があるかのように見せる人間も多い。

 

 

「モラハラ」という言葉は、思料の足りなさの現れだろう。ハラスメントの対象に具体性がない。自分は相手が嫌いだ。けれど相手の何をハラスメントと言ったらいいのかわからず、「モラル」という曖昧な言葉を対象に持ってきたのだろう。「モラハラ」という言葉を使う人間は、「考えきっていない」「考えが定まっていない」ことを自分で露呈してしまっている。

 

 

さて、「教育ハラスメント」についてである。コレには「どちらが正しいのか」の問題がつきまとう。親としては子どもに教育を施すのが正義だと考えるし、かといって子どもからすれば、そんな大人の都合は自分たち子どもにとっては不都合でしか無い。「あなたの為」という典型的なパターナリズムである。

 

 

教育を施そうとする親と、それを不都合だと考える子ども。果たしてどちらが正しいのか。もちろん、これは「どちらが正しいのか」と割り切れる単純な問題ではない。言ってしまえば、基準は一定ではなく、問題解決には個別に対処するしかない。個々の問題を見るしか、どちらが正しいのかはわからないだろう。

 

 

けれど、それではあまりにも他人事すぎるし無粋だ。教育ハラスメントを考える上で、問題解決の一助となる基準は無いのか。

 

 

その基準を僕は、「自由の獲得」という歴史観に求める。歴史は自由を広げることで進んできたと考えると、より自由度の大きいほうが優勢的な考えなのだ。

 

 

つまり僕は、親は子どもに対する影響力を最小限に留めるべきだと考えている。主体性を重視すると言えば収まりがいいのだろうか。人間関係においては自主性を最大限に優先すべきであり、それは親子関係だろうと関係ない。教育問題だろうと関係ない。親が子どもに教育を施そうとした際に子どもがそれを拒否したら、それ以上親は強いることをができない。

 

 

親は子どもに教育を施そうとする場合、視野狭窄になっている。「これをしなければ人生がうまくいかない」「これをすれば人生がうまくいく」という妄信に動かされている。

 

 

自由の広がりには爽快感が伴う。この爽快感は、人類普遍だあろう。風を気持ちいいと感じるのと同じことだ。檻に閉じ込められるのを不快と感じ、檻から出られて背伸びをしたくなるのと同じ感覚だ。

 

 

考えの隔たりや束縛に気づき、そこから脱して認識が広がる。爽快を感じる。それはより自由が大きい方であって、親からの教育という束縛を外した考えだ。教育にはハラスメントが伴う。学校前教育にも。習い事にも。もちろん受験にも。

 

 

僕は、どの教育もすべてがハラスメントだと言っているわけではない。子どもの習い事がすべてハラスメントだと言っているわけではない。

 

 

教育とはハラスメントが潜在している分野であり、ハラスメントかどうかの問題があった場合にはハラスメントだと考える方が正当性があると考えているのだ。

 

 

親は子どもに妄信する生き物である。ホラー漫画のように、子どもに自分を重ねるものである。子どもの人生を自分の人生だと考えるし、自分のエゴを「子どものため」と信じ込む。妄信の枠に気づいて外して、自由な考えをしたほうが良い。その方が歴史が進んでいる。親は教育を「ハラスメントなき聖域」だと考えてはいけない。

 

 


 

 

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