赤と白でどちらが優れているのか。価値観の違いは本当だろうか〜わかりたいあなたのための現代思想

2020.12.10 (木)

 

 

運動会を思い出してほしい。

 

 

小学校の頃の運動会。誰もが白組と赤組に別れた記憶があるだろう。その時に、赤組と白組でどちらが良かっただろうか。赤色と白色でどちらが良かっただろうか。確かに人によっては白色が良いと言うし、人によっては赤色が良いと言うだろうけれど、赤が良かろうと白が良かろうと、そこに優劣はない。赤がいいか白がいいかと言う問題は価値観の問題であり、そこは他人が優劣をつける問題ではないからだ。

 

 

最近、制服のズボンを穿いている女子学生を見かけた。僕が子どもの頃に女子学生の制服はスカートでしかなく、もちろん今でもスカート1択という学校がほとんどだろうけれど、この女子学生のスカート1択というのも、徐々に変わっていくのだろう。

 

 

ズボンとスカート、どちらを選んでも良いという時代の風潮である。ズボンとスカート、女子学生にふさわしいのはどちらというのはない。そこは好みの問題であって、価値観の問題なのだ。スボンを選ぼうとスカートを選ぼうと、優劣をつけるものではない。

 

 

警察官をしていた頃、ケンカの仲裁に立ち会ったことが何回かある。酔っぱらい、若者、ヤクザもの。意外と社会にはこのようなトラブルが多くて、これはその道の職業をやっていなければわかるまい。ペルソナを一皮剥いてみれば、誰も彼もが攻撃的な面をしているのだ。

 

 

ケンカをする人は、「オレは悪くない。先に仕掛けたのは向こうだ」だの「車でノロノロ走るやつが悪い」だの「オレの女に手を出しやがって」だの好き勝手に言うけれど、ケンカの原因とはつまりは価値観の問題である。

 

 

片方の言い分だけ聞けば誰もが自分に正当性のあることを言うけれど、相手側の言い分を聞いてみると、相手側にも正当性が見て取れる。先に仕掛ける側にも、車でノロノロ走る側にも、女に手を出す側にも、それだけの理由があるものだ。ケンカにも「どちらが悪い」という優劣はつけ難く、正に両成敗である。

 

 

世の中は様々な価値観に満ちている。今僕は電車に載っているけれど、僕の向かい側に座っている男性も、その右隣に座っている女性も、僕と同じように価値観をもっているはずだ。「僕と同じように」というのは、「僕と同じ価値観」という意味ではなくて、「僕と同じように固有の価値観を」という意味だ。僕と同じ価値観を持っている人間なんて、この車両を見渡す限りいないだろう。それどころか、日本にもいないし世界を見渡してもいない。

 

 

戦争だって価値観の違いなのだ。攻撃する国と攻撃される国。ゲリラを仕掛ける側と仕掛けられる側。それぞれにはそれぞれの理由があり事情がある。世界の覇権をとりたいとか、アイデンティティーを取り戻すとか、さらには軍事産業が潤うとか。外側からは見えず、内側の者にしかわからない。そんな理由や事情には優劣をつけられるものではない。

 

 

……と、こんな感じで一般論を述べてみるわけだけれど、これらは本当だろうか。「人それぞれで価値観が違う」というところだ。本当に僕とあなたで価値観は違うのだろうか。

 

 

僕とあなたとでは、歩んできた人生が違う。生まれた町も住んでいた地域も違う。友達だって別々だったろうし、先生だって別々だった。影響を受けた人だって違う。当然、価値観だってそれぞれのように思える。けれど、それは本当なのだろうか。

 

 

実は「人それぞれで価値観が違う」という考えは、最近できたものなのだ。いつからか。それはここ50年くらいのもの。1960年くらいから「人それぞれで価値観が違う」という考えが世界に広まってきた。

 

 

今でこそ多くの人、というか少なくとも日本ではほとんどの人が、「人それぞれで価値観が違う」と思っている。自分の考えを人に納得させようと思えば、最終的には「価値観が違う」という結論に誰もが行き着くと思っている。

 

 

「価値観が人それぞれ」という考えがメジャーになったのは、意外と新しいのだ。

 

 

それ以前は、価値観が人それぞれという考えは決してメジャーではなかったらしい。「らしい」というのは、僕は「それ以前」の考えを知らないからだ。覚えている限り、僕の小学校の頃の先生も「価値観はひとそれぞれ」というようなこと言っておられた。僕は価値観が人それぞれという考えがメジャーになって以降、この世に生まれた人間なのだ。

 

 

「価値観が人それぞれ」というのは、構造主義という思想によるものだ。1960年にヨーロッパで広まった構造主義という思想により、「実は価値観って人それぞれ何じゃないか?」「国によって価値観って別々なんじゃないか?」という考えが広まった。

 

 

文化人類学者のレヴィ・ストロースが主著「野生の思考」の中で西洋中心主義を批判して以来、未開の土地に住む人々の価値観が決して遅れているわけではないことがわかってきた。どっちが優れているとか、どっちが進んでいるとか、そういう問題ではないのだ。赤色と白色、あるいはズボンとスカートの違いと同じだ。

 

 

つまり、僕たちが今では当たり前のように思っている「価値観は人それぞれ」という考えも、実は普遍のものではない。人類がサルの共通祖先から進化してヒトになった、その時から持っていたものではない。人殺しやドロボーのようにいつの時代も変わらないものではなく、最近になって他からシフトしてきた価値観なのだ。

 

 

ではもう一つ質問。だからといって価値観の違う世界なんて想像できるだろうか?

 

 

「価値観は人それぞれ」という考えが、最近になって出てきたものであることはわかった。それ以前は、ヨーロッパでは西洋中心主義とでも言えるような価値観だったことはわかった。構造主義の台頭による思想の広まりだということがわかった。「価値観は人それぞれ」にも始まりがあったことがわかった。

 

 

では、だからといって「価値観が人それぞれ」以前の世界を想像できるだろうか。価値観がボクとあなたで同じであろう世界なんて、思い描けるだろうか。無理だろう。僕も無理だ。

 

 

僕はまだ電車に乗っていて、向かい側にはさっきとは違う人が座っているけれど、その人の価値観が僕と同じだなんてことは、どう転んでも想像できない。歩んできた人生が違っていて、住んでいる地域が違っている。交流をもっている人脈も違っている。

 

 

これだけで価値観が違うことは明白だろう。数学のように演繹的に見出だせる。1と1を足せば2になるように、人生が違うということは、価値観が違うということなのだ。価値観が人それぞれ同じ世の中なんて、どう考えても想像できない。でも確かに「価値観が人それぞれ」という考えは、1960年代から広まった考えであって、それ以前にはメジャーでなかった思想だ。

 

 

これが思想の怖いところであって、面白いところなのだ。今はそれを当たり前のように感じているけれど、確かにその思想にも始まりがあった。「それ以前」があったのだ。

 

 

けれど今となっては、それを想像することすらできない。どう考えても「価値観は人それぞれ」と考えざるを得ない。どんなに「価値観は人それぞれ」の外側を考えようとしても、「価値観は人それぞれ」に立脚せざるを得ない。僕たちは、「価値観は人それぞれ」であることを省いて考える事ができないのだ。一旦思想が広まってしまうと、それより外に世界を考えつくことは、そう簡単では無くなってしまうのだ。

 

 

どう考えても考えつかない。けれど確実にそれはあった。そんな不思議な世界を堪能したければ、ぜひともこの本を手にとってほしい。

 

 


 

 

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