ガストバーガーと鉄板焼のどちらが先か。不平等を気にすると社会は回らないよね

2020.12.11 (金)

「不平等な現実のみが平等に与えられている」

 

 

これは人気アニメ「呪術廻戦」の中で使われているセリフである。

 

確かに世の中で平等というのは名ばかりで、本来であれば平等が求められるような場所や機会にも、不平等は転がっている。

 

 

僕たちは実生活の中で、不平等を当たり前だと受け入れなければならない。

 

 

例えば僕は今、ファミレスで文章を書いている。さっき頼んだ「ガストバーガー」がいつ届くのか、店内が混んでいるから出てくるのが遅くなるかな、なんて考えている。で、「平等」を主題にして文章を書きはじめて気になっているんだけれど、隣のテーブルに座っている人の注文と僕の注文、どちらが先に出てくるのだろうか、なんてのことが気になっている。

 

 

僕はガストバーガーを頼んだ。それに対して、隣のテーブルの人が頼んだのは鉄板焼きだった。単純に考えれば、ガストバーガーの方が作るのは簡単だろう。厨房の中がどうなっているのか詳しくないけれど、ガストバーガーの方が使う材料は少ない。バンズとハンバーグとサラダ程度だ。それに対して鉄板焼は肉、ライス、野菜。それから鉄板焼自体も用意しなければならない。

 

 

けれど注文は、僕の方が後である。後に頼んだ簡単な注文と、先に頼んだ面倒な注文、どちらが先に出てくるのだろうか。僕の注文が後から出てくるのであれば、隣のテーブルの人は文句を言わないだろう。けれど、もしも隣のテーブルの人の注文よりも僕の注文が先に出てきたら、もし僕が隣のテーブルの人の立場ならどう思うだろう。文句を言うのだろうか。「先に注文したのに後から出てきた。不平等だ!」と。

 

 

警察官はよく交通違反の取締りをするけれど、ドライバーにとってこれも平等とは言えまい。警察官は交通違反の取締りをする時間帯はランダムだ。空いた時間に取締りをする。確かに全体的に見れば、同じような時間帯に集中してはいるけれど、それは結果論であって、警察官は意識して同じ時間に取締りをしようとしているのではない。

 

 

つまり、運転中のスマートフォン使用にしろ、一時停止違反にしろ、信号無視にしろ、同じ違反をしても警察官から取締りを受ける人と受けない人がいるのだ。警察官からしたら「不平等なのはしょうがないでしょ」と思う。

 

 

けれど実際に不利益を被るドライバーの側からしたら、同じようなことをしているのに自分だけ処分を食らうのは釈然としないだろう。もしも僕が交通違反の取締りを受けたなら、警察官に言うのだろうか。「何でオレだけ取締られるんだ。こんなのは不平等だ!」と。

 

 

世の中に不平等は転がっていても、その不平等をいちいち訴えていては角が立つ。もしも他人から不平等な扱いを受けたとしても、スマートに生活するには気にしていられない。不平等をいちいち訴えては切りがないだろう。

 

 

だからこう考える人が増えているのだ。「平等なんてあり得ない」と。

 

 

人生論やビジネス書の類の本を開いてみると、必ずといっていいほど頻繁にこの言葉は出てくる。「人生は不平等なものだと思え」とか「不平等を気にしない」とか。

 

 

確かにそのとおりで、ファミレスでの「どっちの料理が先に出てくるのか」問題や交通違反の取締りの「どうしてオレだけ」問題。いちいち不平等を訴えていは身が持たない。平等に扱うのは難しいのだ。ファミレスの厨房にしろ、警察官にしろ、忙しい中で仕事をしている。ただでさえ、やらなければならないことが山積している。そのうえ一人ひとりを平等に扱うことを徹底していては仕事が進まない。

 

 

自身がわざわざ「こんなのは不平等だ」と声を上げなければ済むことなのだ。不平等だという感情をゴクリと飲み込んで我慢すれば、皆んなが平和に生きられる。わざわざ波を立てることはあるまい。一生懸命に仕事をしている相手(ファミレスの厨房や警察官)に不快感を与えるし、自分も面倒事に巻き込まれる。

 

 

不平等であることを甘受すればすべてが回る。ゆえに「平等なんてあり得ない」という言葉がもてはやされる。人生論やビジネス書の本で「人生は不平等なものだと思え」とか「不平等を気にしない」という言葉がもてはやされるのは、その為だ。

 

 

僕らは不平等を感じてはいけないのか。不平等を感じることは間違っていることなのか。

 

 

……そんなことはない。実は、不平等を感じるのは人間として当たり前のことなのだ。

 

 

あぶない法哲学」という本で紹介されていたのだけれど、アメリカの法哲学者であるロナルド・ドウォーキンは、「自由と同じように平等に扱われることが基本的な人権である」と考えた。

 

 

「このドゥオーキンは、ロールズのいう原初状態、つまり人々がゼロから政治社会を作るその出発点について、ロールズよりも平等を優先的に考える解釈を与えている。曰く、原初状態の基礎には自然的かつ抽象的な権利があって、それは ①基本的自由(思想・信仰、言論・集会・結社など)への権利と、 ②「誰もが平等に配慮され尊重されたいと求める権利」である。」

—『あぶない法哲学 常識に盾突く思考のレッスン (講談社現代新書)』住吉雅美著
https://a.co/aqWjBLV

 

 

僕たちは「平等なんてあり得ない」と考えようとしているが、平等を望む気持をないがしろにして僕たちは生きられないのだ。この気持ちはどうしようもないもので、耐えられるものではない。飲み込もうとして飲み込めるものではない。思い込もうとして消え去るものではないのだ。

 

 

これは大変なことではないだろうか。というのも、僕たちが生きている現実は、どう転んでも不平等に扱われることしかできない。ボタン掛け違いのシャツを必死に着ようとしているようなもので、いつまで立っても終わりはない。あっちを立てればこっちが立たず。両立などできないし、皆んなを平等に扱うことなどできない。

 

 

だからどうあがいても、僕たちは「不平等だ!」という気持ちを捨てて生きることはできないのだ。「気にするな」と言われても気にしないではいられない。「気にしないように」と考えることの方が無駄な時間だ。

 

 

不平等という不満を抜きに生きることはできない。不平等という気持ちを捨てて生活することはできない。不平等だと訴えるのは賢いことではないのかもしれないけれど、同時にその感情を避けて通ることはできない。

 

 

そんなことを、鉄板焼きよりも後に出てきたガストバーガーを食べながら考えている。隣のテーブルの人は、もうすでに鉄板焼きを食べ始めている。

 

 


 

 

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