非行の心理 - 非行を防ぎ、素直な子どもへ

非行の心理

 

1 非行の心理

 

非行の兆しを見せた子どもの心理はどんなものか。例えば街でバイクを爆音で乗り回してる彼らは、何を思ってそんな行動をとるのか。

 

 

自分の存在を社会に向けてアピールしていると思うんです。「自分もここにいるぞ」と。「こんなことができる俺がここにいるぞ」と。社会にあらがっているんだと思うんです。

 

 

我々人間には「人よりも優れている存在でありたい」という欲求があります。これは悪いことではなく、個を持った人間ゆえの欲求です。

 

 

だけど、誰もが「人よりも優れている」わけではありません。世界には圧倒的多数の人間がいるので、成長して世界の広さを認識するにつれて、「自分がその他一般でしかない」ことがわかってきます。

 

 

だから、あらがっているんです。「その他一般」になってしまう自分を、社会に生きるみんなが忘れられないように。自分を社会に印象付けたいんです。だけどいい方法がない。特別に勉強ができるわけでもない。何か得意なスポーツがあるわけでもない。

 

 

だから安直な方法に走ってしまうんです。

「そうだ、バイクで市内を乗り回して、バイクに詳しいのをアピールしよう。」

「そうだ、夜のコンビニでたむろして、悪をアピールしよう。」

「そうだ、万引きだってできるってのをアピールしよう。」

安直な自己アピールの方法、それが彼らの心理なのだと思います。

 

 

だから、騒がれたり話しかけられたりすると、喜ぶんですよね。「自分がどんだけの人間か」ということを、しきりに訴えてきます。「今までこれだけ悪いことをしてきた」というのを教えてくれます。「だから忘れないでくれ」って言っているようなものです。

 

 

自分がいる社会に対しても、大して満足していないようです。「自分は彼らとは違う」と言わんばかりです。

「学校が面白くない」

「クラスがやばい」(「変なのばっかり」というニュアンス)

などと仕切りに言っています。

 

 

非行の兆しを見せた子どもたちは、社会に存在をアピールしたくて「自分はここにいるよ」と叫んでいる。そんな心理なのです。

 

2 男の子の「男性観」

 

男の子が万引きしたり、人を叩いたり、友達の悪口を言ったり、いわゆる非行に走る際、そんな時は「男性観」が心理の背景にある場合が多くあります。

 

男の人だったらだいたい想像がつくと思います。この、暴力的だったり、騒がしかったり、悪いことができるのが男だという男性観。男にとって、それができないということは、男としての存在に関わります。男という生き物は、「男らしさ」にかっこよさを求めて生きる存在なのです。

 

確かにこの男性観がいい方向に行けば、健全で立派な男になるはずです。明るくて、物怖じしなくて、堂々としていて、行動力があって、リーダーシップがあって、自分の意見が言える男の子。

 

それが理想だという事は、小学生でも理解しています。周りの反応を見ればわかります。

 

クラスの女の子がどんな男の子と仲良くするのかを見ていれば、わかります。

 

先生が直接「こういう人になりなさい」とか、「こういうのが人としての理想の姿だ」なんて言わなくても、なんとなくわかります。明るくて、物怖じしなくて、堂々としていて、行動力があって、リーダーシップがあって、自分の意見が言える存在が男にとって理想だという事。

 

けれども幼い男の子や若い時には、境界があいまいになってしまいます。理想の男の子の方向はわかるのですが、若干ずれた斜めの位置にかっこよさを感じてしまいます。暴力的で、騒がしくて、悪い事が出来るという事に、かっこよさを感じてしまいます。

 

ワルな雰囲気のスポーツ選手や芸能人に憧れを持ちますし、悪い事を教えてくれる先輩に憧れを持ってしまうのです。

 

この男性観からは、どんな男の子でも逃げることはできません。どんな男の子でも、何をするにしろ男性観のプレッシャーを感じているはずです。プッレシャーを受け止めてそれを追い求めるにしろ、プレッシャーから逃げて「自分は違う人間だ」と思うにしろ。

 

 

3 男性観に見る、2つのタイプ

 

男の子は二種類に分かれます。一つは男性観を受け止め、追い求めるタイプ。もう一つは男性観から自分を遠ざけ、男性観に価値を感じない自分を作ろうとするタイプ。どちらのタイプも、非行に走るリスクは抱えています。

 

(1)男性観を追い求めるタイプ

 

理想を追い求めるタイプが非行に走ると、暴力や集団での万引きといった、昔ながらの男の子らしい非行に走ります。実際、多いのはこのタイプの非行です。

 

商業施設内や、駅前の繁華街でかっこつけて、仲間と一緒にいる連中です。不良っぽいだらしのない服装をして、威圧的なアクセサリーをつけて「俺はワルだ。」と言わんばかり。学校に行かず、夜に出歩くのが好きで、ワルや不良がかっこいいと思っている連中。

 

こういう子どもは、面子を気にして非行(特に暴力)に走ってしまいます。一人でいるときはケンカなんかしないだろうに、仲間といるとしてしまうのです。男としてのプライドがあるからです。仲間といるときは、自分がワルである事を仲間にも見せたいのです。「堂々としていて、周囲の目なんか気にしていなくて、悪い事ができる」自分を周りの仲間にも見せたいのです。

 

また、一度ワルな自分を周囲の仲間に見せてしまうと、そう思われなくなる事に不安を感じるようになります。「ここでやらなきゃ俺の面子が潰れる。」とか「周りからは俺がワルであることを期待されている」と感じてしまうのです。ワルであることの優越感が、相手への思いやりよりも上回ってしまう時に、ケンカや恐喝などの非行が発生してしまいます。

 

こういう男の子を大人しくさせるのは簡単です。一人にさせてしまえば大人しくなります。徒党を組んで、騒がしく、悪口を言って、こちらのいう事を聞きもしなかった男の子が、一人にした途端に大人しく静かになります。こちらの話にも、とりあえず反応するようになります。

 

(2)男性観から離れるタイプ

 

では男性観から離れるタイプはどうか。このタイプも、うまく行けば健全で立派な人間になれます。優しくて、人の気持ちがわかって、穏やかで、静かで、知的で。

 

しかし、このタイプの男の子が抱えているのは「キレる」というリスクです。キレるにも色々あるので、キレる男の子が全員、男性観から離れるタイプではありません。もちろん、理想を追いも求めるタイプにもキレる男の子はいます。

 

けれども、この男性観から離れるタイプは普段、暴力的であったりすることに慣れていないので、いざキレて暴力的になると、加減がわかりません。普段人を叩いたことがないのに、加減がわかるわけがありません。普段、男としてのプレッシャーから逃げているため、キレてプレッシャーを受け入れると、気分が高揚してしまうのかもしれません。

 

「見ろ。俺だって男だろう。俺だってこんな事できるんだ」と、一線を越えてしまうのです。周囲の人間も、その豹変ぶりに圧倒されます。「あんなに大人しくて静かな子が。」とか「今まで可愛い、おとなしい子だったのに」と周囲の人間は、変わり様に驚きます。それは、男性観のプレッシャーを避けた末の、「男としての最後の証明」の様に思えます。

 

4 非行と男性観

 

このように、男の子が非行に走る心理には「男性観」が関わっている場合が多くあります。暴力的で、騒がしくて、悪いことができるのが男だというプライド。周囲に自分の男らしさを見られると、男の子は心地がいいし、逆に自分に男らしさがないと、なんとなくプレッシャーを感じてしまいます。

 

男の子は、この「男性観」から逃げる事はできないのです。

 

 

5 男性感を意識した非行対策

 

 

子どもの非行を防ぐため、特に男の子の非行を防ぐため、車にかっこよさを感じることを改めるべきです。

 

 

いつの時代でもどの町でも、車両を運転することにかっこよさを感じる若者は多いようです。一昔前の大々的な暴走族ではないにしろ、いまだにバイクで暴走行為をする子どもたちはたくさんいるのです。

 

 

彼らは威圧的なバイクに乗り、威圧的な運転をすることにかっこよさを感じます。ナンバーを跳ね上げたり、大音量の排気音で周りにアピールし、アウトローを演出します。

 

 

男の子の非行と、車両を使っての暴走行為は切っても切れない関係にあります。男の子は非行に走るとバイクでの暴走行為を求めます。また、暴走行為をするうちに非行がさらに進み、余計に生意気になるケースもあるはずです。

 

 

私は、このような車にステータスやかっこよさを感じる男の性が男の子の非行を助長させることが、非常に気になるのです。

 

 

確かに車はかっこいいのかもしれません。世界中でラリーやF1が開催され、多くの人間が車に熱狂して莫大なお金が生まれている状況を見ると、男性が車に憧れを持つのは、致し方ないのかもしれません。

 

 

それでも、バイクや原付や型落ちの高級車に乗り、マナー無視で暴走行為をしている若者を見ると、非行と切っても切れない関係にある車の負の面が気になるのです。

 

 

子どもの非行を防ぐため、改めるべき考えは、車にかっこよさやステータスを感じることです。

 

 

男心をあおる車が街中にあふれ、テレビやネットのコマーシャルで車がバンバン走っている中で、子どもたちだけに「お前らは車やバイクはダメだ」と言っても意味はありません。社会全体で車の負の面に目を向け、価値観を変えるべきです。

 

 

6 男性的価値観について

 

 

どうすれば子どもが非行に走るのを防ぐことができるのでしょうか。私は「男性的価値観から抜け出すこと」が、子どもが非行に走るのを防ぐ方法だと考えます。

 

 

男性的価値観とは、強さ、威圧的な態度、腕力、決まりを破ること、悪いことをすること、暴力、などにステータスや格好良さを感じる価値観のことです。

 

 

非行に走る、もしくは非行の兆しを見せる子どもの多くは、男性的価値観に魅了され影響を受けています。男性的価値観に格好よさを感じ、子どもは生意気な態度をとる様になります。

 

 

なぜ子どもが男性的価値観に魅了されるのかというと、周りの大人から影響を受けるからです。子どもたちの周りで、男性的価値観を持った人がいるために、子どもも男性的価値観に魅了されるのです。子どもは周囲の影響を多分に受けます。

 

 

今、社会には、男性的価値観があふれています。「男らしさ」とは暴力や決まりを破ることであるかの様な価値観が人々の根底にあります。バンドやアイドルなど、メディアにでるグループにも、不良っぽい雰囲気を持ったグループが多くいます。

 

 

確かにそれらは憧れの対象になるのかもしれません。ですが子どもたちに間違ったメッセージを与えていることを認識し、改めなくてはなりません。子どもたちは安易に影響され、安易な行動に出ます。安易な方法で自己主張をし始めます。

 

 

ワルでもいいんだ。ワルが格好いいんだ。と思い安易に自己主張するのです。それが非行なのです。非行に走ることどもをなくすには、男性的価値観から抜け出すことなのです。

 


 

 

 

 

プレゼントの無料小冊子を更新しました。「子どもの非行を防ぐための素直な頭のつくり方」です。

 

 

非行に走る子どもは自己中が多いです。頭が固く、自分の価値観に固執しています。周りの人間の価値観や考えを受け入れられず、自分を通そうとします。自分以外の価値観や考えがあること自体が、見えていないのです。自分が正しくて、自分以外の考えは間違いだという先入観から抜けられない状態です。

 

 

子どもは周りから吸収する度合いが強いので、子どもの成長は周りの大人次第の側面があります。「周りの大人が自己中から脱し、素直な頭を持つ事で、接する子どもにも好影響を与えよう」というのが、この小冊子の狙いになります。

 

頭の柔軟性があり、状況や相手に応じて変化できる事。自分だけでなく、相手の考えも認める事ができる事。一つ上から全体を俯瞰できる事。そんな「素直な頭」をつくるための気づきを、この小冊子から得ていただければと思います。

 

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抽象化の視点を身につけるセミナーを定期的に開催しています。スケジュール・詳細はこちらをご覧ください。

 

自己中が思いやりに、
生真面目が寛容に、
怒りっぽさが優しさに、
そして非行が素直に変わります。

 

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