夏目漱石「こころ」のキーワードをめぐる思惑について考える

2020.08.10 (月)

国民的作家の作品、夏目漱石の「こころ」。高校の教科書に載っていた作品なので、誰もが一度は目にしたことがあると思う。一節によると、「日本で一番読まれた作品」の一二を争う作品らしい。

 

 

 

 

この「こころ」の一番のキーワードは、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」である。このセリフをめぐる人間関係にこそ、この物語の一番の面白さがあると思っている。

 

 

「お嬢さんを好きかもしれない」とKから告白された先生は、このセリフをKに返した。

 

 

このセリフは元々Kが先生に言った言葉であった。房州を二人で旅行していた際に、海の波を見て楽しんでいた先生に対して、Kはお寺のお坊さんの話に興味を持った。日蓮の話をしてくれるお寺を旅先で見つけたKは、そこのお坊さんの話に興味を示したのである。

 

 

お寺のお坊さんの話には、先生はあまり面白さを感じていなかった。その際にKは先生に、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と告げたのである。「お坊さんが話した日蓮の話に興味を持たないなんて、お前には向上心がないの? お前は馬鹿なんじゃないの?」という意味だったのであろう。

 

 

元々お寺の出身だったKのことを考えれば、Kがお坊さんの話に興味を持つのは至極当然のことだ。ただ、Kは視野が狭くてストイックな面があったのだろう。自分が進んでいる道が正しき道で、それだけが正義だったのかもしれない。他のもの、たとえば瞬間的な快楽に身を投じている人なんかは馬鹿に見えていたのかもしれない。

 

 

そんなKのストイックさが、お嬢さんへの恋心で変化したのである。Kは、Kを育ててくれた父母から勘当されてまで、自分が目指したい哲学の道を選んだ。「医者になってほしい」という父母の反対を押し切ってまで、自分を通して大学で勉強をしていたのだ。

 

 

本来であれば、色恋沙汰などにうつつを抜かすなんてせず、ひたすら勉学の道に走るのが、Kにとっての本当のはず。そうKは考えていた。けれどお嬢さんを好きになってしまって、この気持ちをどうしたらいいかわからなくなった。自分が邪と見ていた恋愛というものが、自分の心に入ってきてしまったのだ。どうしていいかわからない。

 

 

そこでKは、先生に相談した。自分がお嬢さんを好いていることを。けれど先生から返ってきた答えは、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」だった。先生からしたら、Kのセリフをそのまま返したのだから、「してやったり」だ。心の中では、口元に笑いを浮かべながらガッツポーズだったろう。

 

 

Kよ、お前が言っていたんじゃないか。お前が自分で、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言っていたんじゃないか。それなのに、お前は今、自分が馬鹿だとする恋愛にうつつを抜かそうとしている。それでいいの? そんなのは馬鹿のすることだぜ。自分がよくわかっていることだろ?

 

 

先生のそんなセリフを聞いたKは気づく。「やっぱりそうだよな‥」と悟る。「おれは馬鹿だ」である。

 

 

けれど先生がやっていたのは、抜け駆けだったのだ。Kに「馬鹿だ」と言っておいて、自分が先じてお嬢さんと恋仲になろうとしていたのだ。

 

 

お嬢さんのお母さんに話したところ、話はトントン拍子に進んで「よござんす」となる。

 

 

先生は、お嬢さんと婚約したことをKに言えない。口元に笑いを浮かべながらガッツポーズではあったのだが、やはりそんな自分を見つめるもう一人の自分がいたのだ。Kに対する罪悪感を持っていたのだ。

 

 

そのうちにお嬢さんのお母さんがKに、先生とお嬢さんが婚約したことを告げる。このときのKのセリフは0ただただ、とてもキレイである。

 

 

『Kはお嬢さんと私との間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですかとただ一口いっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで下さい」と述べた時、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を洩らしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立ったそうです。そうして茶の間の障子を開ける前に、また奥さんを振り返って、「結婚はいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」といったそうです。』(本文から引用)

 

 

Kの心境は複雑だった。

 

 

「なんだよ、俺のことを馬鹿だって言っておきながら、自分がお嬢さんと婚約しているんじゃないか。っていうか、あいつもお嬢さんのことが好きだったのか。そんなことにも気づかなかった。あいつの気持ちにも気づかなかったし、あいつが抜け駆けすることにも俺は気づかなかった。

 

 

あいつが言ったそのまんま、俺は恋愛をしようとする自分を馬鹿だと思ってしまった。俺っていうのは、本当に‥というかもっとそれ以上に馬鹿だったんだ。二重にも三重にも馬鹿だったのだ。

 

 

これまで勉学にストイックに生きてきたのに、そんな生き方を曲げて人を好きになって、恋心に負けようとしていたし。あいつもお嬢さんを好きだったことにも気づかなかったし。抜け駆けにも気づかなかったし。あいつとの婚約を受け容れたお嬢さんの気持ちにも配慮がなかったし。お嬢さんの取り合いに関しては、あいつに負けてしまったし。俺は本当に馬鹿だったんだ」

 

 

そんな気持ちで、Kは自分のバカさ加減に嫌気が差し、「これ以上、生きていても仕方がない」と思ったのかもしれない。

 

 

Kの遺書には、Kの「自分は負けた」という思いが表れているように思う。後処理をなにもかも先生に任せたKは、自分が人に迷惑を掛ける人間だということを受け容れてしまった。血で部屋は汚すし、「父母には連絡しといて」と先生に頼んでいるし。

 

 

先生の気持ちはもっと複雑で、罪悪感である。

 

 

「本当にこれでよかったのか? いや、言いわけがないじゃないか。だってKが死んでいるんだし。友人が死んでいるんだし。お嬢さんと結婚していいのか? 本当はよくないんじゃないか? けれど婚約までしといて結婚しないのは、お嬢さんにも悪いし」

 

 

この「Kに勝った、けれど悩んでいる」の表れが、遺書を元に戻す作業なのだと思う。「俺は悪くないんだよ。Kが遺書の中で俺が悪いなんて言っていないし。ほら、この遺書を見てみろよ。俺に関しては悪いだなんて言っていないだろ?」という気持ちだろうか。

 

 

「恋は罪悪」といスストーリー前半での先生の言葉は、先生の直の経験に裏打ちされたものだったのだ。

 

 

夏目漱石の「こころ」をはじめ、文学なり小説はどれも色々な読み方ができるものである。読んだ際の感想は書き手のものではなく、読み手のものである。少なくとも僕には、この「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」が、この物語のキーワードに思えた。

 

 

このセリフをめぐる登場人物の周辺に、この物語の面白さ、清貧さ、上品さ、心の思惑が渦巻いている。

 

 


 

 

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