無園児虐待のニュースに見る、親が子どもと距離を置くべき理由

2020.09.29 (火)

親は子どもと距離を置くべきだ。

 

 

犯罪や非行っていうのは怒りによって発生することが多い。家庭内暴力、ご近所トラブル、親子喧嘩、虐待。普段は仲良くしていても、怒りの感情が原因となって修羅場になる。もしも犯罪や非行を社会からなくそうと思ったら、怒りの感情を抑えることが大切だ。

 

 

怒りの対局にある感情が優しさだとすると、社会から犯罪や非行をなくすには、優しさが必要だ。どうすれば人に対して優しくすることができるのか。特に子どもに対して優しくなることができるか。

 

 

僕は距離を置くことをおすすめする。相手を思いやる気持ち、相手をいたわる気持ち、相手を尊重する気持ち、相手を気遣う配慮、相手を大切に思う気持ち。このような感情をひとくくりに「優しさ」というならば、それは相手と距離をとったときに出てくるものだ。

 

 

先日、無園児が虐待死されたというニュースを読んだ。3歳の男の子が、23歳の義父から暴行を受けて亡くなったのだという。22歳の母親も別の傷害容疑で逮捕されており、死に至った直接の暴行の他にも、普段から暴行があったようだ。

 

 

暴力とは閉鎖されている社会で起こることが多い。学校でのイジメもそうだし、会社でのパワハラもそうだし、夫婦間のモラハラもそうだろう。人目につかないところだでは人間関係のこじれが極端になりやすい。

 

 

どっちが先でどっちが後なのか。どっちが原因でどっちが結果なのかは、わからない。相互作用するのだろう。

 

 

社会が閉鎖的だと怒りの感情が出やすくなる。抑えが効かなくなる。

 

 

もしも解放的な社会であれば、絶えず循環が生まれる。怒りたくなるくらい嫌なことがあってもリセットが入ることで、怒りが蓄積されるのを防ぐ。いったん怒りたくなるほど嫌なことがあり、また次に嫌なことがあっても、間にリセットがあれば二回目の嫌なことはまた再びゼロからのスタートになる。現実的にはもっと複雑な過程を経ているとは思うけど、リセットが入れば怒りの蓄積は最小限に抑えることができるのだ。

 

 

閉鎖的な社会はリセットが入りにくい。絶えず同じ人間どうしの付き合いになる。まるで伸びをしないで絶えず同じ姿勢で座り続けていると苦痛が蓄積されていくように、嫌なことに嫌なことが終始積み重なって苦痛を生む。同じ姿勢を取り続けているとイライラしてくるように、リセットが入らない閉鎖的な社会は怒りを生む。

 

 

怒りと閉鎖的な社会は相互作用に関係にあるので、閉鎖的な社会が怒りを生むだけでなく、怒りもまた社会を閉鎖的なものにする。怒ることはみっともないことなので、自分が怒っている姿は誰も人に見られたくないからだ。イジメ、パワハラ、モラハラ、暴力、虐待。もしも自分がしていたとして、周りには知られたくない。自分がそんなことをしているなどとは認めたくない。怒りは社会を閉鎖的にする。

 

 

こうして怒りは閉鎖を生み、閉鎖は怒りを生む。怒りと閉鎖の相互作用により、両者の壁はより高いものとなる。

 

 

僕は、親は子どもと距離を置くべきだと思っているのだけれど、距離を置くことは親子関係を「閉鎖的なものでなく解放的にする」という効果がある。親子関係を解放的にするというと、いまいちどうしたらいいかわからない人もいると思うので、わかりやすく具体的にいうと「距離を置くこと」となるのだ。

 

 

特に母親は、自分の子どもを手元に置きたがる。「自分で育てたい」という気持ちがあるのだろうし、本当かどうかわからないけれど自分で育てることで愛情が伝わって子どもが素直に成長すると思っているのだろう。

 

 

けれど自分で育てることの弊害は、閉鎖的になることだ。相手に対する愛情や思いが強ければ強いほど、二人の関係は閉鎖的になる。周囲の有用な情報を吸い取ることができなくなるし、自分を過信しがちになる。自分の中の子どもに対する怒りについて鈍感になる。

 

 

閉鎖的になることの弊害を取り除くために、親は子どもと距離を置くべきだ。距離を置ける環境を整えるべきだ。

 

 

距離を置けば、子どもに対して恋焦がれる気持ちが出て、ある意味つらいのかもしれないけれど、親が恋焦がれるくらいで丁度いいのではないか。「寂しい思いをさせているのかもしれない」とか「今日も一緒に入れなくてごめんね」と思うくらいで丁度いいのではないか。

 

 

なぜなら、子どもは親が考えるほど寂しがっていないからだ。親が思う「寂しい思いをさせてごめんね」は大抵、自己陶酔でしかない。子どもには子どもの世界があって、それは大人になって年が離れてしまった親には想像ができない。距離を置いてつらい思いをするのは親だけなのであって、子どもの方は距離を置かれることで寂しい思いなどしていない。むしろ解放されて羽を伸ばしているのではないか。

 

 

子どもを園に預けることが時々、問題になっている。用事もないのに幼稚園や保育園に子どもを預けることが、親としての義務を放棄しているようで避難の的にされるのだ。

 

 

これに僕は反対で、たとえ幼児であろうとも、子どもは積極的に預けるべきだ。別に「無理しても預けろ」と言うわけではないけれど、少なくとも預けることに背徳感を感じるべきではない。

 

 

「用事もないのに預けるなんて」という声も聞かれるけれど、用事なんてのは子どもを預けてから出てくるものだと思う。タガが外れてはじめて自由になれるように、子どもを預けて解放されることで頭も鋭敏になり、「アレをしよう」とか「コレをしよう」という気になる。イノベーション思考が育まれ、社会にとっても子どもの教育にとってもプラスだ。

 

 

というわけで無園児の虐待死というニュースがあったわけだけれど、そこからもわかるように、親は子どもと距離を置くべきだ。親子の距離が近いと二人の関係は閉鎖的になり、暴力が生まれやすい。閉鎖は暴力を生むし、暴力もまた閉鎖を促す。両者は相互作用にあるのだ。

 

 

だから僕は、関係を解放的なものにするように、親子は距離を置くべきだと思う。親は子どもに対して恋焦がれるくらいで丁度いいのだ。なぜなら苦しむのは親の方だけであり、子どもは親ほど関係が稀有であることに苦しんではいない。親が子どもに対して「もっと一緒にいたい」と思い、なおかつそれが果たせないのならば、怒りの感情を抑えやすくなって、親も子どもに優しく接しやすくなるに違いない。

 

 

親は子どもと距離をおくべき。子どもにべったりな親ほど、見ていておぞましいものはない。子どもとの距離が近ければ近いほど、その内側には黒い渦がうねっているように見える。

 

 


 

 

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