焚き火のルーツは人類躍進の原動力だった〜われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか

2020.09.28 (月)

 

「物語の口承は、火の管理のもうひとつの副産物だったのかもしれない。なぜなら、日中の狩猟採集民の会話は、焚き火のまわりに集まって語り合う夜の物語とは大きく異なるからだ」

—『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』ウィリアム フォン・ヒッペル著

 

 

最近、焚き火に関するコミュニティーが増えている。

 

 

もっともメジャーなのは「ヒロシです」のヒロシさんだろう。ユーチューブでソロキャンプの動画を配信し、今日のキャンプあるいはソロキャンプブームの立役者の一人だ。従来の「キャンプは大勢でワイワイ」という概念を覆した。焚き火の効用は、大勢でのワイワイガヤガヤなどではなく、一人で静かに自分を見つめる時間だったのだ。

 

 

これは飲み会をイメージするとわかりやすいかもしれない。昭和の時代、まだ日本が元気だった頃は、ノミュニケーションなる言葉が存在した。一緒に酒を飲んで胸の内を明かして話をすることにより、お互いの絆が深まって仕事にもプラスの面を講ずる、というものだ。

 

 

けれどこれは今の時代には合わず、多くの新入社員が飲み会を避けている。飲み会はごく一部の人の「酒を飲みたい」という欲求を満たすだけのものであって、ノミュニケーションとはそれに都合よくつけられた、ただのネーミングだったのだ。

 

 

仕事にプラスの面を講ずるなら飲み会の他にもいい方法がたくさんあることに多くの人が我に返って気づいたのだ。今では昭和の時代のワイワイガヤガヤな飲み会に精を出すタイプの飲み会はの話は、とんと聞かなくなっている。

 

 

それから「日本焚き火コミュニケーション協会」なるものも存在する。ここでは、焚き火を静かな語らいの場として提供している。この協会の主催者は、焚き火を語らいのきっかけを作るツールになることに気づいたのだ。

 

 

語らいと言っても、どんちゃん騒ぎを語らいとは言わない。ポイントは、「騒」ではなく「静」だ。静かに自身を話す、自身を内面をとうとうと話す。はっちゃけることによってではなく、胸の内を見つめることによって、「吐露したい」という内的欲求をうながし、参加者の絆を深めるのだ。

 

 

雑誌でもインターネットでも、さらには商業施設に行っても、ことあるごとに焚き火の話題が提供されている。焚き火グッズが売られており、焚き火グッズが紹介されており、焚き火の効用が語られている。世の中は焚き火ブームであり、多くの人が焚き火の効用にきづき始めた。「焚き火っていいね」「焚き火やってみたい」「焚き火ってこんな効果があるんだよ」という声が、どこかしこから聞こえてくる。

 

 

この「われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか」を読んで面白かったのは、焚き火のルーツについて紹介されていたところだ。全体の割に焚き火について書かれているページ数は少ないが、昨今の焚き火ブームを說明するに足る内容だった。焚き火に人々がひきつけられる理由を、進化・生物学・心理という視点で説明してくれている。

 

 

人類が他の類人猿から枝分かれして、今日地球上の生物の頂点たるまで躍進した理由には、言葉の発達、二足歩行、火の管理の3つがあると言われているけれど、その一つである火の管理に、焚き火のルーツは存在する。

 

 

初期人類が火を管理できるようになって得た利点の一つとして、この本の著者は、「物語の口承ができるようになったことだ」と言っている。

 

 

物語の口承は、主に夜間に行われた。狩猟採集民族だった僕たちの祖先は昼間、森やサバンナを駆け回って食料を採っていた。狩りの最中に行われる会話は、主に狩りに関するものだったろう。「マンモスが現れたぞ」とか「あっちに追い込め」とか「お前はそっちに行け」とか、目の前で行われている狩りに直結する会話。生きるための手段として行われる狩りにおいて、狩りより優先順位の高いものはなかったはずだ。会話も狩りのために使われていたに違いない。

 

 

しかし夜になると、狩りは行われない。夜は視界が悪く、嗅覚が発達した動物の方が有利だ。夜に出歩けば、ただちにライオンやトラなど肉食動物の餌食になっただろう。

 

 

夜は焚き火を囲んでの語らいの場だったのではないか、と著者は指摘している。そしてこの夜に行われた語らいが、僕たちの祖先が他の動物から抜きん出て大躍進をするきっかけの大きな役割を果たしたというのだ。

 

 

焚き火を囲むことによって、人々は語り出すことができる。それは昼間の狩りでの会話のような、目の前の出来事に対処するための、即行動に繋げるための会話ではない。もっと深みのなる、思慮をともなった会話だ。

 

 

「自分は普段、何を考えているのか」「自分はどんな体験をしたのか」「自分はどんなことを知っているのか」など、そんな文化的な会話が、夜の焚き火を囲んで行われたに違いない。というのも、焚き火は見る者の内面をとうとうと語らせるからだ。囲む者を、静かに語る気分にさせるからだ。

 

 

この思慮をともなう文化的な会話が、口承を発達させ、過去に学ぶことという蓄積を僕たちの祖先にもたらしたのだ。動物に過去を学ぶ習性はない。過去や未来という概念を、人間以外の動物はおそらく持っておらず、あるのは目の前にある感情だけだ。「腹が減った」とか「子どもを可愛く感じる」とか「捕まりたくないから逃げる」という単純な発想だけだろう。

 

 

けれど人間は違う。口承によって歴史を学び、過去を蓄積させることに成功した。これによって、膨大な時間を手に入れたのだ。人間一人の時間は、現代でも平均で100年弱だ。初期人類の時代は、もしかしたら50年にも満たなかったのかもしれない。ほとんどの動物にとって、自身が持てる時間は、自身の生の間の時間でしかない。

 

 

歴史を学ぶことを覚えた人間は、これまで生きてきた膨大な数の人類の営みを、自身の生に活かすことができるようになったのだ。伝えることによって、語ることによって、歌うことによって、自分が持っている文化を他人に託すことができる。

 

 

託された方は、託されたものに自分の文化を上乗せして、それをまた他人に伝える。蓄積して、蓄積して、蓄積して得られた過去。これを自分の生に活かすことで、人類は他の動物にはない大躍進を遂げることができるようになった。

 

 

人類の大躍進のきっかけになった火の扱い。火の扱いの利点の一つは口承。夜に焚き火を囲むことでうながされる物語の語らい。これによって他人の人生を自分に活かせるようになり、この蓄積の積み重ねが、人類大躍進のきっかけになったのだ。

 

 

焚き火は奥深い。

 


 

 

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