欲と距離をおくスタイルを覗き見る〜自分の小屋で暮らそうーBライフの愉しみ

2020.05.14 (木)

 

僕たちは見た目にこだわるし、生活スタイルにもこだわる。人からよく見られたいし、「自分にはこれほどのことができる」というのを人から褒められない。

 

 

世の中を動かしているのは欲だと言われているけれど、欲っていうのはマウンティングとほぼ同じ意味なんじゃないかと思う。良い暮らしはしたいし人からよく思われたいけれど、それには絶対的な基準があるわけではない。どこまでが良くない暮らしで、どこからが良い暮らしなのかというと、その線引きは曖昧である。

 

 

他人を基準にするしか無い。「あの人に比べて自分はマシだ」とか「隣の家よりも自分はいい家に住んでる」とか。そんな、他人と比べて自分の位置を測ることで、欲を満たしていることが実感できるし、欲望が満たされるのである。

 

 

けれどこの欲望っていうのはなんとも嘆かわしいもので、古代から多くの哲学者が「欲望を抑えよう」「欲望から離れた生き方をしよう」と試みてきたけれど、皮肉なことに欲望に準じたからこそ僕たちはここまでいい暮らしをできるようになった。

 

 

「人の羨むような豪華な家に住みたい」という欲求が建築技術を発展させたのだろうし。「人の羨む車が欲しい」という欲求の塊が、車産業をいまだに存続させているのだろうし。

 

 

本「GAFA」には、「アップルは人の欲望を満たすことで成長してきた」のようなことが書かれていた。人の羨むようなかっこいいパソコンがほしいという欲求が、シンプルで快適なアップル製品に囲まれた生活を作ったのだ。

 

 

そんな、欲求の大きな引力にも負けず、欲求を敵視して文明と距離をおくスタイルを貫く哲学者は、今も昔もいるものである。

 

 

「アテネの学堂」という絵を見たことがある人は多いと思う。おそらく高校で勉強した倫理の教科書の表紙にもなっていたはず。ルネサンスのイタリアの巨匠ラファエロが描いた、高さ7メートル、横5メートルのフレスコ画。バチカン教皇庁のラファエロの間に飾られているこの絵は、ラファエロの最高傑作とされている。どうでもいいけれど、僕はこの絵を生で見た経験がある。

 

 

アテネの学堂に描かれているのは、古代ギリシャの哲学者たちである。右手の人差指を上に向けて、イデア界を指しているようなプラトンと、手のひらを地面に向けて、「いやいや、イデアは個物の内に内在‥」なんて言っていそうなアリストテレスの談義を真ん中に描いて、その周りを、そうそうたる顔ぶれが囲んでいる。

 

 

羽のような飾りのついた兜を被っているのが、アレクサンドロス大王。そのアレクサンドロス大王の対面にいるのがソクラテス。板を指差しているのが、パラドックスで知られるパルメニデス。分厚い本に向かってペンを走らせているのが、数学教団を作ったピタゴラス。そして、階段で右肘をついて座って紙を眺めているのがディオゲネスである。‥と言われている。

 

 

ディをゲネスは、哲学者である。史上初めて「世界政府」という語をつくった。プラトンに「狂ったソクラテス」と称された。アレクサンドロス大王に、「自分がアレクサンドロスでなかったらディオゲネスになりたい」と言わしめた。古代ギリシャの哲学の一派であるキュニコス派の代表者である。

 

 

けれど、そのスタイルは逸話を読む限り、面倒くさい浮浪者である。ウィキペディアには、「外見には全く無頓着で、酒樽に住んだ」「『まるで犬だ』と罵られた」「道またで公然と自慰行為に及んで『擦るだけで満足できて、しかも金もかからない。食欲もこんなふうに簡単に満たせたら良いのに』と言った」などと逸話が紹介されている。

 

 

文明と距離をおく古代の哲学者がディオゲネスであるのに対し、文明と距離をおく現代の哲学者が、この本の著者のように僕には思える。

 

 

この本を、最低限のお金で生活する実践本として読むと、あまりにももったいない。著者の人生哲学が随所に表れている。特に4章の「Bライフ再論」なんて、思考がページに詰まっている。

 

 

「平和ボケと言われるかもしれないが、国力とか、GDPとか、軍事力とか、そんなもので本当の意味で(植民地などではなく血が絶えるという意味で)国を滅ぼしたり滅ぼされたりするほど愚かな時代とも思えない。むしろ、そのことに気づいた国から順番に豊かになっていく時代なのではないだろうか。」

 

「これまで人類が得てきたもののうち必要と思われるものを失わずに、あるいはこれから人類が得ていくであろうもののうち必要と思われるものを諦めることなく、全員がBライフを送ることができるだろうか」

 

 

僕たちは自分よりも粗末な家を持っている人間、例えば段ボール箱に住む浮浪者に対して、よくバカにするような視線を投げかけることが多い。浮浪者をその外見から判断して、自分よりも下だと値踏みしてマウンティングしてしまう。

 

 

けれど、浮浪者の中にも著者のような人生哲学を持っている人がいるとなると、なんだか恐ろしい気持ちにもなる。自分の目がフシアナだった恐ろしさと、ポテンシャルを秘めた人が浮浪者をしていることの恐ろしさである。

 

 

最低限のお金で最低限の生活を営むスタイルには憧れはするが、実践するのはとても難しい。けれど、俗世間から距離をおく人生哲学を切り詰めていくと、著者のようなスタイルになることも事実だ。欲と距離をおいたスタイルとはどんなものか。それを覗き見できるのが本書である。

 

 

 


 

 

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