それをどれだけ信じられるか。コロナウィルス感染リスクの中での子育ての正解とは

2020.04.03 (金)

子育ての正解は、自分がどれほどそれを信じていたかで決まる。

 

 

新型コロナウィルが猛威を振るっている。「東京で97人感染」「スペインで感染者急増 一日で7000人」「欧州の感染者50万人超」などのニュースが連日飛び交っている。個人事業主や中小企業も苦しい状況が続いている。売上がさっぱり無いにも関わらず、家賃や光熱費など、払わなければならないものは払わなければならないからだ。

 

 

コロナウィルスが猛威を振るう前、つい一ヶ月前までは、経済に対して楽観ムードだった。「日本で食いっぱぐれることは無い」「仕事なんて選ばなければなんとかなる」なんていう意見が優勢だったので、脱サラした人や脱サラを考える人も多かったのではないか。

 

 

「組織をやめて個人でやっていけるんじゃないか」「好きを仕事にすれば、生活費が少なくても幸せな人生をおくれるんじゃないか」「これからはフリーランス、起業、個人事業の時代だ」なんて思っていたのではないか。

 

 

そんな声を挙げていた人たちも、今は声を潜めている。

 

 

「欲」というのが一つのキーワードだった気がする。人の欲にこそ、商機やビジネスチャンスがあるのはそのとおりだが、経済が楽観ムードのときは、その欲とは嗜好的な欲を指すことが多かった。

 

 

自分を成長させたり、視野を広げたり、学びを得たり。「カメラがうまくなりたい」「マーケティングのノウハウを学びたい」「異性にもてるようになりたい」などだ。

 

 

けれど、コロナウィルスが蔓延している現在の様な、混乱している状況になると、嗜好的な欲は後回しになる。生命維持に必要不可欠な欲を満たすことでいっぱいいっぱいになるのだ。「これがなくては生活していられない」というもの。主にインフラ関係だろう。そんな生命維持に最低限必要な仕事に従事する人たちは、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれているらしい。

 

 

インフラ関係は、基本的に公務員で占められている。公務員でなくとも、かなりの大企業だ。JRだったり、電力会社だったり、携帯会社だったりだ。

 

 

日本をはじめ、世界的にはこれからますます予測のつかない環境になるらしい。地震あり、台風あり、集中豪雨あり、さらにはウィルス感染ありだ。

 

 

そうなると、思考的な欲よりも生命維持に欠かせないような、「なくては困る」という仕事を見つけなければならない。インフラ関係・エッセンシャルに食い込まなければ、今回のような非常事態には後回しにされる可能性がある。逆に言えば、インフラ関係・エッセンシャルに食い込めば「なんとかなる」のではないか。

 

 

以前、孫正義氏の「志高く」という本を読んだことがあるが、孫氏ははじめからインフラを狙って事業を立ち上げたらしい。たしか「インフラに食い込むこと」が頭にあって、それで携帯電話事業に参入したようなことが書かれてあった。僕はいまさらになって勉強になった。

 

 

話がズレたが、家庭に話を進めよう。家庭でも先が見えない状況だろう。コロナウィルスの影響で、子どもをどう育てたらいいかわからないような状況が続いている。

 

 

保育園に登園させるべきか、それとも自宅で子どもと一緒に過ごした方がいいか。子どもをスポーツクラブに通わせるべきか、それとも休ませて自宅にいさせた方がいいか。毎日選択の連続である。

 

 

確かに一般的に考えれば、今のコロナウィルスが蔓延している状況では、登園させず、スポーツクラブにも通わせず、自宅にいてウィルスの感染が収まるのを待った方がいいのだろう。「遅れ」が気になるところだが、感染して長期離脱してはさらなる「遅れ」につながってしまう。

 

 

けれど一般的に考えることばかり言っていられないのも事実だ。目の前に子どもがいて、家の中でばかり過ごしている。本来であれば今、登園して友だちと遊んだり、スポーツクラブにいって体を動かしたりしている時間を無駄に過ごしているように感じる。

 

 

抽象的な視野で一般化して見ると、コロナウィルス感染防止のために外出は控えたほうが良いのだが、具体的な視野で細かく自分の周囲を見ると、外出しないで自宅待機している時間が無駄に思えてくるのだ。

 

 

自宅待機と外出どちらがいいのか。

 

 

結論としては「どちらとも言えない」だ。各家庭やそれぞれの親個人の判断になる。どれも正解だし、同時に不正解でもある。どちらを選んでも後悔するかもしれないし、後悔しないかもしれない。

 

 

何が正解なのか決まっていない中でどれを選択するべきなのか。それは、どれだけそれを信じているかによる。

 

 

たとえばコロナウィルス感染が心配される中で子どもを登園させるのも、ある意味では正解だろう。感染するかもしれない。感染してしまったらどう責任をとるか、感染のリスクはどれほどあるのか、感染のリスクと引き換えに得られるメリットはどうか。

 

 

その辺を考えて、「それでも登園させるべきだ」と思うのであれば、それが今の段階では正解に近い答えなのだ。一般論と現実は別である。具体と抽象、両方の視点をもって物事を見るといい。

 

 

「一般的にはこうだけど、自分的にはこれ」という答えを出して、それを信じて深く考え、たとえ感染したとしても責任をもとれる心構えなのであれば、なんら突き進むのに躊躇はいらない。選んだ選択肢をどれだけ信じているかで、正解か不正解かが決まってくるのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

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