「たとえ」と「伏線」が素晴らしい〜死神の精度
文章を書くときに、「たとえ」って非常に重要だと思うんです。文章を芳醇にするための要になります。例えば、味でも「コク」ってあると思うんですよ。決して薄くない、表面的でない味。厚さがあって、一口飲めば、鍋に放り込まれている色々な食材を想像してしまうような。この、味でいう「コク」っていうのを出すのが、文章では「たとえ」になると思うんです。
確かに「たとえ」がうまく使われていなくても、それなりに読める文章にはなります。言いたいことは、読み手に伝わるでしょう。だけど、つまらない。味気がなくて、機械的。事務的な話をして「はい、終わり」みたいな。飲み会で隣に座っている人と面白い話ができずに、定番の「天気は・・」とか「今日の仕事は・・」なんてつまらない話のようなものです。
文章を面白くするかどうかって、結構、「たとえ」にかかっていると思うんです。例えば、この本の中では、車のワイパーが動く様子のことを、「手品師が客の前で、一瞬だけタネを見せるように」なんて表現しているんです。素晴らしいですよね。ただワイパーのことを、「フロントガラスで動いている」とか「左右に動く」などと書いたからといって、これでは当たり前のことを当たり前に書いただけなんです。これでは何の面白味もありません。飲み会での天気の話と同じで、奥がないので盛り上がらない。
そこで、「手品師が客の前で、一瞬だけタネを見せるように」なんていうんです。そうすると、読み手は一瞬、きょとんとしますよね。鳩が豆鉄砲を食らったみたいに。「はて、手品師?」「何のこと?」ってなると思うんです。で、その後で「ああ、そういうことか」と合点が行く。「分かる分かる、そのことを例えてたのね」って、納得してしまう。「たとえ」がうまいんです。
手品師っていうと、どこかミステリアスな雰囲気がするじゃないですか。薄暗い中で綺麗な手つきでカードを操る、みたいな。だから、手品師を例えに出されると、その場面がどこかミステリアスになるんです。「たとえ」で持ってきたものが、その場の雰囲気にも写ってしまうんです。洗濯機の中で、ジーンズの青が他の衣類に映るように、持ってきた「たとえ」の雰囲気も、その場の雰囲気に映るんです。この手品師の例えが出てきたシーン。どこか怪しい雰囲気になっていました。
こんな風な「たとえ」がふんだんに盛り込まれていますよね。今まで読んだ時は気がつかなかったんですけど、自分が「たとえ」に注目していると、他の人の文章の中の「たとえ」も気にあん流ようになりました。
よくネタ切れせずに、コンスタントに「たとえ」を持ってこれるなあと感心します。毎朝毎朝、新聞屋さんも忘れずに我が家に新聞を持ってきてくれるので感心するんですけど、新聞屋さんと同じくらい、感心します。この「たとえ」のヒント。フラクタルな感じで、大きい「たとえ」から小さい「たとえ」まで、たくさん文中に見られます。大きい「たとえ」の中に小さい「たとえ」があって、そのまた中にさらに小さい「たとえ」が出てくる、みたいな。
私なんかも文章を書いていて、こんなうまい「たとえ」を出そうとするんですけど、これがなかなか出てこない。ただの味気のない文章ではなくて、読者に読んでみられるような、芳醇な感じの文書をかけるようになりたいんです。いくら頭を絞っても、出てこない。そんな時は、場所と時間を変えます。時間は自動的に変わるんで、今は場所ですかね。場所さえ変えれば時間は勝手に変わるものですから。
この「たとえ」っていうのも、考えているときは出てこないのに、ふと気を抜いた瞬間なんかにワッと出てくる時がありますよね。この「たとえ」をうまく出せる、文中に入れられている時が私にとって、「頭が冴えている」と言えます。さらに、「たとえ」をうまく考えられているようなときだと、「いい文章が書けているのかな」と思っています。少しは奥深さが表れているかなと。
この本は面白かったです。 6個のストーリーに分かれているので、どこから読み始めてもオッケーです。人間の感覚からしたらちょっとずれている死神が主人公の「死神の精度」であって、「死神の正確さ」のような意味です。「こんな死神って、いていいの?」「こんな死神って、正確なの?」など、そんな意味が込められたタオとるなのだと思います。
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