親として先を見据えることは、仏陀の手のひらに等しい。怒らない方法

2020.06.26 (金)

上手く伝わるかどうかわからないけれど、どうにかして話してみないと思う。話の筋としては、「怒らない方法」とか「どうすればイライラしないで子どもと接することができるのか」という流れになると思う。

 

 

子どもと接していると、どうしても譲れないところがある。世の中では「怒らない子育て」とか「褒めて伸ばす」なんていう子育て論が、すくなくとも建前上は常識になっているし、現に本屋に行ってもその手の本が子育てコーナーには並んでいる。

 

 

子育てにおいて怒ってはならない理由ははっきりしていて、比較的わかりやすい。自己肯定感を伸ばさなくてはならないからだ。ポジティブシンキングとも言えるし、前向き思考とも言える。「〜でない」という言い方で言えば、自己嫌悪するような子どもになってほしくないのだ。「自分はダメだ」とか「僕には出来ないよ」なんてシンジくんのようなことを言っていては、行動につながらないし、世界は広がないし、社会だって上向きにならない。

 

 

だいたい、親としても子どもは可愛い存在なので、悩んでいる子どもと上を向いている子どもとでは、後者の方がいいだろう。「子どもには心配事無く育ってほしい」という親の原始的な欲求にも、「怒らない子育て」や「褒める子育て」はうまくマッチしている。

 

 

確かに「考える力」というものも、子どもには求められている。いわゆる「自分で考える子どもになる」というやつだ。ただ、これは順番としては自己肯定感の後なのではないかと思う。あくまでも「どちらかと言ったら」という話ではあるが、「考える力」というのはいわゆる贅沢品のようなもので、最低限のサバイバル能力のある人間が、「より楽に社会をサバイバルするには」と考えた際に、「自分で考える力」が必要とされるはずだ。

 

 

子どもを授かった時に「贅沢は言わないんで、元気でいてくれれば」「バカでもいいから、健康であってくれれば」なんてどの親も思ったと思うけど、その感情は「自分で考える子ども」よりは「自己肯定感をもった子ども」を望む欲求に近い。

 

 

自己肯定感を持って、はつらつとした子ども。元気に前を向いて生きる子ども。そんな子どもの土台があって、そこに乗っかるのが「自分で考える力」という順番だろう。自分で考える子どもに成長させるには、乗り越えるべきハードル、つまりは親から子どもに提供する勉強の環境が必要だと思うが、自己肯定感のある子どもに成長させようとした場合、必要なのはどちらかと言うと距離である。もっと具体的に言うと、放置である。

 

 

「自分で考える力」を養う場合には学習塾のような環境が必要であり、現に多くの学習塾の広告には「自分で考える子に」という謳い文句が踊っている。それに対して「自己肯定感を育む」という文字は学習塾の広告には見られず、それはそもそも自己肯定感は学習塾で学べるものとは対局にあるものだからだ。親が子どもを学習塾に通わせようとするのは、自己肯定感とは真逆の行為だろう。「自分で自由にしていいんだ」「自分の思い通りにやっていいんだ」を養うには、「自分で考える力」よりももっと原始的で人間的な視点が必要だ。

 

 

子どもの自己肯定感を養うのは、親としてはなかなに難しい。というのも、子どもにとことん付き合わなくてはならないからだ。子どもは、親とは違う視野で世界を見ている。親には見えている明日の心配、何日か後の心配が、子どもには見えていないし感じられていない。

 

 

親としては子どもに付き合う時に、いろいろと心配ごとがある。「明日の仕事、早く行かなきゃなあ」とか「今日中にこれをやっておけば、この一週間は楽なんだけどなあ」とか。結果、この心配事が、子どもに付き合おうとする親心にストップをかける。そんなことはしていられない、と。

 

 

でもこのハードルを外すのは案外、楽なもので、意外と考え方次第、考え方1つであることが多い。

 

 

というのも、僕たち大人が先を見据えて「こうした方がいい」と考えていることでさえ、結局は単なる好き嫌いであることがほとんどだからだ。J・S・ミルの自由論にも書かれていたけれど、社会が掛ける個人に対する統制は、表面上は「偉い人が考えに考えて議論を重ねて決めたもの」ではあるが、突き詰めていくと行き当たるのは「それってつまりは個人的な好みでしょ?」という結論に行き着く。

 

 

いかに将来を見据えて有利不利の判定を出したとしても、それは案外、感情的な判断にほかならない。どんなに先を見据えようとしても見据えられるものでもない。視野を広げようと思っても広げられるものではない。結局は持っている材料で考えなければならない、判断しなければならないのであって、それはお釈迦様の目から見れば、手のひらの上の孫悟空でしかない。世界の中の一部でしか無いのだ。だから、親の目には「こうした方がいい」という考えがあったとしても、それだって絶対的な良し悪しではなく、個人的な好き嫌いであって、自分の為にはなり得ても子どもの為にはなり得ないものなのだ。

 

 

子どもと接していて、「嫌だなあ」と思ったときこそ、自分の小ささを知る機会である。

 

 

 


 

 

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