公平と平等は何が違うのか。警察の交通違反取締りは平等なのか

2020.08.02 (日)

平等と公平の違いについて説明する。

 

 

まず平等とは、皆んなに同じものを与えることである。世の中には多種多様は人が存在する。大きい人もいるし小さい人もいる。男もいるし女もいる。足が速い人もいるし遅い人もいる。強い人もいるし弱い人もいる。ヨーロッパ出身の人もいるしアジア出身の人もいる。

 

 

人それぞれ個性があって差異はあれど、それでも皆んなに同じものを与えるのが平等になる。子どもの例を出そう。

 

 

学校で給食を食べる時間。子どもたちはそれぞれお腹をすかせている。朝、家でたくさんご飯を食べてきた児童もいるだろうし、朝はご飯を食べないで来た児童もいる。午前中にやった体育で一生懸命動いたので体力を使ってお腹が減った児童もいるし、体育ではそんなに動かなかったので対して体力の減りがない児童もいる。それでも皆んなに同じように、同じだけの量の給食を提供する。コレが平等である。

 

 

では公平とは何か。公平は、差異を加味して均等にすることだ。世の中にはたくさんお金を稼ぐ人と、あんまりお金を稼がない人がいる。そんな色々なお金の稼ぎ方をしている人がいる中で、社会は社会を維持するために税金を徴収しなければならない。ここで出てくるのが、公平な徴収の仕方である。

 

 

お金をたくさん稼いでいる人からはたくさん税金を徴収するし、対してお金を稼いでいない人からは少なく聴取する。そうすることで、ある程度頭の高さをそろえるのだ。お金を稼ぐ人だけが有利になりすぎないよう、お金を稼がない人だけが不利になりすぎないよう、税金の徴収額を調整する。

 

 

これによって、どの人も公平に人生を謳歌できるようにしている。

 

 

公平と平等、どっちがいいというのはなく、時と場合によるのだろう。資本主義はと共産主義を比べた場合、資本主義は平等に機会を提供しているし、共産主義は公平になるように調整している。

 

 

個性を加味して調整を入れるのが公平とも言える。

 

 

どうして平等と公平の違いを持ち出したのかというと、警察官が行なう交通違反の取締について「平等でない」という文句がよく寄せられるからだ。

 

 

果たして警察官の交通違反の取締は平等ではないのか。それとも極めて平等なのか。

 

 

平等でないという人は、数ある違反者の中から自分だけが取締りを受けることが納得いかないのだろう。

 

 

たとえば警察官が一人で取締りをしていたとする。違反者を見つけて車を止めて、交通切符を切る作業に取り掛かる。交通切符を切るのにだいたい10分ほど。その間は交通違反者がいたとしても、警察官がその車を止めて交通切符を切ることが出来ない。

 

 

自分が交通切符を警察官から切られている脇で、他の車が違反して通り過ぎていいたら、たしかに交通切符を切られている側からすれば納得いかないだろう。

 

 

これはどう説明するべきなのか。こんな取締り方法は、平等ではないのではないか。

 

 

僕は平等だと思う。というのも、いつどこで警察官が見ているかわからないの状況は、すべてのドライバーにとって同じだからである。

 

 

警察官の人数には限りがある。体力だって無限ではない。よって、警察官が見ている交差点と、見ていない交差点がある。

 

 

それでは不平等ではないか。警察官が見ている前で違反をしたドライバーは取り締まられ、警察官が見ていない所で違反をしたドライバーは取締りを受けないのである。

 

 

やはり、警察官がいつどこで見ているかわからないのは、すべてのドライバーにとって同じなので、交通違反取締りは平等なのである。

 

 

例えば指定場所一時停止違反のある交差点に向かってドライバーは車を走らせているのけど、そこで突っ切るか、それとも突っ切らないか。ドライバーは警察官が見ていれば突っ切らないだろうが。警察官が見ていなければ突っ切らないだろう。

 

 

警察官は隠れて見ている。これは平等を担保するためだ。警察官は違反者を隠れて見ているから、どのドライバーにとっても条件が一緒になるのだ。

 

 

姿を見せて見ていたら、警察官が姿を見せている交差点と姿を見せていない交差点が存在することになる。姿を見せている交差点とは、あらかじめ答えがわかっているテストみたいなもので、どう行動すればいいのかの正解がわかっている。姿を見せていない交差点とは、答えが示されていないテスト(通常のテスト)で、どのように行動すべきかが示されていない。

 

 

あらかじめ答えが示されているテスト受験者と、あらかじめ答えが示されていないテスト受験者が存在したら、これでは不平等になってしまう。答えが示されている受験者が有利だ。

 

 

だから警察官は、隠れて取締りをするのだ。ドライバーに答えを見せないように。警察官がいるかどうかわからない状況をつくるために。

 

 

「隠れて取締りなんて卑怯だろ」

「隠れてないで姿を見せればいいじゃん」

 

 

というが、それでは社会の平等が失われることになる。警察官の取締りは、隠れてすることによって、平等という誰もが納得する前提が作られるのである。

 

 

なので、「隠れて取締りなんて卑怯だろ」とか「隠れてないで姿を見せればいいじゃん」という文句は成り立たないのだ。隠れることによって、取締りは平等になる。

 


 

 

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