具体と抽象・書評〜世の中を見る基準が増える
例えば、アマゾン川の奥地に「右と左」っていう概念を持たないで今まで生活してきた部族がいたとして、その人たちに「右と左」っていう概念を教えてあげたら、その人たちの生活は一変すると思うんです。それまで右も左も関係なく過ごしていたのに、急に右と左を分けて考えられる様になると、それまで表現できなかったものが表現できる様になります。
同じ様に、それまで目が見えなかった人が急に目が見える様になったら、住んでいる世界が一変すると思うんです。おそらく目が見えない人っていうのは、視覚以外で世界を感じていると思うんです。匂いとか音とか。だけど、それにプラスして色とか明るさが分かる様になれば、世界が変わってしまうと思うんです。色がなかった世界に色が現れば、明るさがなかった世界に明るさが現れれば文字通り、それまで見えなかったものが見える様になるんでしょう。
具体と抽象にも同じことが言えます。おそらく大部分の人は、具体と抽象の関係を知らないで生活しているでしょう。「具体は分かりやすくて良いこと」、「抽象は分かりにくくて悪いこと」なんていうイメージを持って過ごしていると思うんです。だけど、それだけにとどまりません。具体と抽象を意識することは、世界の見方を変えます。
大した話ではないんだと思います、具体と抽象っていうのは。ソーシャルネットワークで世界中の20億人を繋げたフェイスブックのマーク・ザッカーバーグの話とか。全米の50パーセント以上の世帯に選ばれたアマゾンのジェフ・ベゾスの話とか。業界シェア18.3パーセントで92パーセントの利益を占めるアップルのスティーブ・ジョブズとか。伝説を数字ではっきりと示せる様なグローバル企業の成長神話の様な話ではないんです。
一人の頭の中で完結する話です。見え方、捉え方の話なので、どれほどのものなのか検証のしようがありません。ですが、私はこの本を読んで世界の見え方が変わりました。
基準の話です。私たちはそれぞれ、基準を持っていますよね。大きいとか小さいとか、濃いとか薄いとか、うるさいとか静かとか。それに加えて、具体か抽象かっていうのをこれからは意識してもらえればと思うんです。それだけで、それまでバラバラに見えていたものが繋がって見えるし、見えていなかったものが見える様になります。
人間社会の奥深く、根っこのところに広がっていて、普段は見えないもの。具体と抽象っていうのは、そんな感じです。どこにでもあるのに誰も気づかない。大事なのに誰も意識しない。ガーデニングで綺麗な庭を作ろうとするときに大事なのは、花ではなくて土です。そんな普段はなかなか意識されない、隠れた立役者の話をされた感じです。こんなにも社会に浸透しているなんて知らなかった。だけど言われてみれば、これほど応用範囲が広い概念もありません。
具体には、
・分かりやすい
・はっきりしている
・細かい
・現実的
っていう特徴があります。街中に出て道を歩いている人を具体的に見ると、細かいところまで知ることができます。20歳代のビジネスマン風の男性が歩いていたり、黒色のジャケットを着た女性が歩いていたり、茶色革製のショルダーバッグを持った大柄の男性が缶コーヒーを飲んでいたり。具体的に見ていけば、どこまでも細かく見ることができます。
それに対して抽象には、
・分かりにくい
・モヤモヤしている
・大雑把
・非現実的
っていう特徴があります。街中に出て道を歩いている人を抽象的に見ると、大雑把にしか見えません。ただ人が大勢いる様にしか見えなかったり。ボヤーっと男の人が歩いているのが見えるだけだったり。なんとなく女性がいるとしか分からなかったり。
一見、抽象の特徴にはデメリットばかりが並んでいて、具体の特徴にはメリットばかりが並んでいる様に見えます。具体にある「分かりやすい」っていう特徴は、分かりやすいメリットです。では抽象のメリットって何でしょうか。物事を抽象的に見ることのメリットってなんでしょうか。
それは、本質を見ることにあります。抽象のメリットは本質的ということです。それ対する具体のデメリットは表面的ということです。物事を具体的に見ることは表面的な部分を見ることであって、物事を抽象的に見ることは本質的な部分を見ることなんです。
例えば、多くの女性が憧れる人物にココ・シャネルがいると思います。あなたはココ・シャネルの様になりたいと思っているとします。どうすればココ・シャネルの様になれるでしょうか。全身をシャネル・ブランドの洋服で固めれば、ココ・シャネルの様になれるでしょうか。なれないですよね。
ココ・シャネルに憧れる女性は、ココ・シャネルの思想に憧れているのではないでしょうか。決して具体的に目に見える洋服に憧れているわけではありません。新しい女性像を切り開いたデザイン性や、男尊女卑が当たり前の社会の中で自分一人で生きていくっていう精神的な力強さにこそ憧れるんです。だから、もしもココ・シャネルの様になりたいとあなたが思ったら、洋服を真似ても意味がないんです。それでは浅く表面的です。ココ・シャネルの思想っていう曖昧なものを真似なければなりません。だけど、そこにこそココ・シャネルの本質が宿っているんです。思想っていうモヤモヤとして形のないものを真似してこそ深みが生まれるんです。
細谷功さんの本「具体と抽象」は、具体と抽象っていう、ただそれだけのことを説いた本。だけど奥が深い。たった一滴の雫で、社会全体に波紋が広がります。まだ具体と抽象の世界を知らないのであれば、きっと読後には世界が変わって見えるでしょう。読む前には見えていなかった抽象を伴った世界が、読後には見える様になるはずです。
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