児童虐待を防ぐために必要な「気づき」とは〜週刊東洋経済 子どもの命を守る(その1)
私の好きな言葉であるが、問題は気づいたら解決したも同じなのだそうだ。問題が解決しない一番の原因は、問題を問題として認識していないことにある。問題があるのに、自分で気づいていないことが、一番の問題なのだそうだ。問題を問題としてとらえることができれば、自然と問題は解決に向かう。本当に解決できるかどうかは分からない。が、とりあえず、そのことが「ダメなこと」「直さねばならぬこと」「解決しなければならないこと」との認識があれば、すぐには解決できなくてもいずれ解決できるだろう、ということだ。問題の解決に必要なのは、気づきなのである。
けれど、この「気づき」というのが一番難しい。というのも、問題に携わっている本人は気づいていないのだから、問題に目を向けようもない。フタが閉まっている箱の中に閉じ込められている状態で、箱の中から箱を壊そうとしているようなもの。内側から開けるのが一番難しい。
地球にいながら、まだ行ったこともない宇宙の果てを想像するようなもので、我々には想像しようがないのかもしれない。だから、できることと言ったら、常に「自分の想像外のことがある」という危機感を持つことなのだろう。自分のいる世界に甘んじることなく。自分が住んでいる世界がこの世の全てだと信じるのではなく。いつも自分の認識の外側が存在している、という認識が必要なのだと思う。地球に住んでいる我々に、地球やその周辺しか行ったことがない我々人間に、宇宙の果ては想像できない。宇宙の果てに何があるのか、宇宙の果てはどんな世界になっているのか、宇宙の果てとはどんな世界になっているのか。そんなことは分からない。けれど、決して地球やその周辺だけが全てだとは思わないことだ。自分が知らない世界、自分が認識していない事実、自分にはまだ気づいていないことがたくさんある、と自分でわかっていることこそが、大事なのだ。
それこそが、気づくための、初めの一歩ならぬはじめのゼロ歩なのだろう。基盤ってことだ。これがなくては始まらない。土台。これがなくては、解決すらもできない。だいたい、体の調子が悪い時だって、医者に診てもらわなければしょうがない。医者だって、患者の体を見ないことには、何の薬を処方したらいいのか分からないだろうし、どうやって直したらいいのかも分からない。どんな状態になっているのかの認識は、問題解決の始めになくてはならないものなのだ。
さて、この気づき。児童虐待にも同じことが言える。というのも、児童虐待をしている家庭は、自分たちが児童虐待をしていることに気づいていないことが多いのだ。児童虐待をする可能性が高い家庭は、自分たちが児童虐待をする可能性が高い家庭だということに気づいていないのだ。
9月21日発行の週刊東洋経済に、「総力特集 続発する虐待死、その真因を探る」というのが載っていた。この特集には47ページが割かれており、
・目黒区結愛ちゃん 死を招いた行政の抜け穴
・独自調査 児童相談所の労働実態
・保育園で急増する重大事故
・いじめ自殺が減らない理由
・不慮の事故から子どもを守るには?
というタイトルの記事に分かれている。
いくつか気になってた部分はあるのだが、そのうちの一つを紹介しよう。虐待死の事例では、行政の支援を受けていない家庭が多いのだそうだ。2017年には58件の虐待死が全国で起きているのだそうだが、行政などの子育て支援を利用していたのは、そのうちの32.8パーセントほどだったという。その32.8パーセントという数字に含まれる家庭が十分な行政などの支援を受けていたのかというと、それもそうではなく、継続的な支援とは言えないような一回ポッキリの行政の訪問を受けて終わり、というところがそのうちの41.4パーセントなのだそうだ。
虐待をしている家庭は、自分たちが虐待をしている、あるいは虐待をする可能性があるにも関わらず、行政の支援を受けていない。行政の支援を利用していない。行政としては、家庭の方からヘルプを出さない限り、介入しづらいし、そもそも把握しづらい、というのが正直なところだろう。
虐待をする家庭やしそうな家庭というのは、この特集の言葉を使うと「持てる資源が乏しい家庭」である。にも関わらず、行政の支援を利用していないというのは、それだけ行政支援の心理的ハードルが高いのではないか。自分たちが虐待をしていると認めたくないし、自分たちが虐待をしているとは思いたくないし。そう思うと、余計に「虐待をしていること」の認識が甘くなってしまう。自分たちの姿を客観的に見ることができなくなってしまう。
失敗やミスを隠したがる職場の若手のようなもので、周りにバレたくないから隠していて、どんどん傷口を広げてしまうのだ。若手時代は、周りに頼るべき人脈が極端に少ない。誰が敵で誰が味方かすらも分からないし、自分がしていることが、どれだけの致命傷になるのかも測れないでいるだろう。話をできる動機は数人いるだろうが、その動機ですら、所詮は自分と同じような知識の持ち主であって、仕事に精通しているわけではない。
当然、保身も考えるだろうし。そうなると「誰に話せばいいか」と考えるが、人脈がないので誰に話したらいいかも分からない。自分たちがしているミスを正確に測ることもできない。助けを呼ぶこともできない。ばれたくない、との思いもある。そうなると、どんどん縮こまってしまうのだ。視野は徐々に狭くなる。「どれほどのことをしているか」という事の大きさに気づくこともできなくなるだろう。
(その2へ)
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