鳥のヒナを「かわいいと」と思いつつ「グロテスクだな」とも思う、二重の視点〜働くことがイヤな人のための本

2020.05.24 (日)

 

「西洋哲学の歴史をどのように捉えるか」は一つではないが、「古代中世西洋哲学史」では、「人は生まれながらにプラトニストかアリスとテリアンかに分けられる」のようなことが書かれていた。人の思考もそうだし西洋哲学史も、プラトン派かアリストテレス派か、大雑把に言えば大別できるのかもしれない。

 

 

普遍はあるのか、それとも無いのか、である。

 

 

世の中では「こうすれば成功できるよ」「こうすれば人生がうまくいくよ」という普遍を多くの人が語っている。SNSを開いても、投稿欄に出てくるのは「自分はこうして成功した」とか「自分のように月●●万円稼げるようになるたった1つの方法」なんていう経験談である。

 

 

これはすべて、世の中にある現象に法則を見出そうとする試みである。宇宙が出来てから137億年が過ぎ、地球が出来てから46億年が過ぎ、生命が出てきてから38億年が過ぎ、人類が出てきてから、文明が出来てから、現代社会が出来てから、膨大な量の時間が過ぎている。

 

 

その間に、おびただしい数の人たちが、それぞれ固有の経験をして、それぞれ独自の考えを持っていた。人類の目につかないところでも、動物が走り、自然が動き、現象が起きている。

 

 

おびただしい量、数え切れないほどの数、そんな膨大な数量の現象が大から小まで起きてきたこの世で、筋を通せる法則というものは本当に存在するのだろうか。プロ野球の投手に投げぐせがあるように。受験勉強をしている学生にいつも点を取る得意科目と点が取れない不得意科目があるように。一見、バラバラに見える森羅万象に、右と左に分けられるようなパターンが本当に存在するのだろうか。

 

 

僕がよく好きで読んでいる細谷功さんの本には、「一を聞いて十を知る」という言葉が時々出てくる。

 

 

一つ一つは具体的で個別的でバラバラな世の中に、抽象という本質を見出そうとする営みが、考えることであり、それこそが人間を動物とは違う生き物たらしめていることだという。

 

 

「●●の法則」のような大それたものではないにせよ、「ああ、これも同じだな」とか「これは前にやったな」と、共通点を見つけられるから、ある一定のパターンを見つけられるから、人間は社会を作ってこられたのである。

 

 

算数は、数のパターンを学習する科目である。1と1を足すと2になるし、三角形の内角の和は180度になる。国語も言葉のパターンを学習する科目である。「今」という漢字は「いま」と読むし、ある一般的な事柄を別の特殊な事柄で説明する(比喩)と、受け手の心に伝わりやすいのである。

 

 

確かに僕たちは、学校の授業で、義務教育で、この世の中のパターンをいくつも勉強してきた。これらは生きていくのに必要だし、社会で暮らしていくにあたって最低限の知識だと言える。学校で勉強してきたこれらのパターンは、汎用性の高いものだし、ある程度信頼のおけるもの、使えるパターンだと言える。

 

 

では、成功者が言っている「成功法則」などはどうなのか。本当にそれが、雑多な世の中を一刀両断にするパターンとして信頼できるのであろうか。

 

 

誰もが知っているように、世の中の情報の大部分は成功者から語られたものである。発言権を与えられた者が発した個人的な考えである。多くの人が生きている中で、発言権を与えられたわずかな人たちの個人的な経験が、「法則」として語られている。強者の論理である。世の中の大部分である弱者にも通用するのかどうかなんてわからない。

 

 

発言権を与えられた者は、自身の経験を声高らかに話す。発言権を与えれれていない者は、自身の経験を声高らかに話すことができない。そもそも失敗した経験しかないのだから、恥ずかしくて話せないのだ。

 

 

成功者の成功というものは、確かにその人の努力もあるのだろうが、確実に人の意思を超えた運が作用している部分も多分に含まれているもの。それなのに、「自分がうまくいったのは●●によるものだ」「●●をしたから自分はここまでこられたのだ」という、個人的な成功論を一般化して押し付ける。

 

 

本当にそれはこの世の中を切ることができるパターンなのか。本当に膨大な量の「人それぞれ」がある中で、共通している言える普遍なのだろうか。プラトンのいうイデアなのだろうか。「1を聞いて十を知る」なのだろうか。

 

 

 

そんな疑問対して、本書ではこのように答えられている。

 

 

「成功者はやはり優れているという単純化も、すべてが偶然だという単純化も、同じように思考の怠惰な中断によるものだ。もちろんケースバイケースですという逃げ方も、ひどく思考がたるんでいる」

「みずから生きることを通じて『これでいいのだ』と耳元でささやく声に引き込まれないようにするしかない」

「一方で常にここに潜む理不尽を自覚し、他方でその理不尽を呑み込んでいる自分を自覚する、という二重の運動を忘れてはならない」

 

 

普遍との距離感は、ほどよさが大切なのだ。「これがパターンだ!」「これが法則だ!」と普遍を信ずるのは危ういし、「何事も人それぞれさ。予測不可のだよ」という冷めた態度でも学びがない。強者の論理を何でもかんでも当てはめようとするのではなく、かと言って過去から学ばないのでもなく。

 

 

自分で周りを見ながら、それと同時に自分を周りから見つめるような。鳥のヒナを「かわいいな」と思いながらも「グロテスクだな」と思うような。オレオレ詐欺被害にあった老人を「かわいそうだ」と思いながらも「自業自得だよ」と蔑むような。そんな二重の視点が、求められるのである。

 

 

 


 

 

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