大晦日夜の初詣は、子どもたちだけでも少年補導されるのか

2019.11.26 (火)

大晦日の日は、夜中に初詣に行く人もいるのではないか。私としては、日が昇ってから、明るくなってから、無理をしなくてもいい時間になってから初詣に行っても良いだろうと思うのだが、「年が明けてから一番に初詣することでご利益がある」という意味なのだろう。もしくは、単に夜中に外出する、という雰囲気が楽しいのだろう。とにかく大晦日の夜中は初詣に行く人がおり、夜中でも外を出歩く人がたくさんいる、ということだ。

 

 

そうなってくると、「大晦日の夜は外を出歩いても少年補導されないのか?」ということが気にならないだろうか。少年補導は基本的に、20歳未満の未成年に対して行われるものだ。だが全ての少年補導が20歳未満に対して、ではない。少年補導のうちの一つ「深夜はいかい」に関しては、おおむね18歳未満である。その辺りはこちらを参照して頂きたい。

 

 

さて18歳未満の子どもは、子どもたちだけで出歩けば、大晦日夜の初詣でも警察から少年補導されるのだろうか。もしされるのであれば、大晦日夜の初詣が目的であっても、夜中に出歩くことは「できない」ということになってしまう。

 

 

結論をとしては、少年補導されない。大晦日夜の初詣は、少年補導されない。

 

 

というのも、法律の適用には「妥当性」というのがある。「社会通念上、是認されるかどうか」である。確かに大晦日夜の初詣といえども、深夜はいかいであることに変わりはない。18歳未満の子どもが、夜の11時過ぎに、外を歩けば、深夜はいかいと言われても反論はできないだろう。深夜はいかいであることは間違いない。だが、それが少年補導の対象になるかどうかは別である。というのも「大晦日夜の初詣は是認されるべき」というのが社会通念上の認識だからである。

 

 

我々日本人にとって、初詣は切っても切り離せない文化である。夜の寒いうちから、暗い夜に白い雪が舞う中を、歩いて初詣に向かう。そんな無理をするからこそ、神様に対して誠意を示せるのであり、無理をするからこそ「神様はお願い事を聞いてくれるのではないか」と考えるのだ。そんな文化の中に住む我々にとって、大晦日に初詣に向かうことは、たとえ夜に出歩くことになってもしょうがないのではないだろうか。神様にお願い事をしに行こうとして、「来年こそは良い年でありますように」と無垢な願いを持って神社に向かっているのに、警察から「ちょっといい? 君は未成年?」と少年補導をされては、そんな少年補導をする警察の方こそが、社会通念上の認識に欠ける行為なのではないだろうか。

 

 

大晦日夜の初詣は、少年補導されない。大晦日夜の初詣に対する少年補導は、妥当性に欠けると言えるのである。

 

 

だが、「だが」である。こんな風に堂々と「大晦日夜の初詣は、少年補導されない。大晦日夜の初詣に対する少年補導は、妥当性に欠けると言えるのである」などと書くと、大手を降って初詣に行く未成年があらわれる。「少年補導されない」という認識があると、騒いで、お祭り気分で、本来の初詣とは異なる雰囲気丸出しで初詣に向かう未成年の集団が現れる。

 

 

確かに「大晦日夜の初詣に対する少年補導は妥当性に欠ける」が、それは必要最小限の限度においてである。神社までの道のりを、神社に行って帰ってくるという時間内での話。しめやかに、厳かに行われる、本来の意味での初詣において、である。

 

 

わざわざ未成年だけで初詣にいって、バカ騒ぎをしながら道を歩いたり。初詣の帰りにカラオケに行ったり、コンビニでたむろしたり。そんな、本来の意味の初詣とは明らかに違う行動を取ったりしていると、今度はそんな初詣の方が、「社会通念上、それは初詣とは言えない」ということになってしまう。

 

 

抜け道が示されると、堂々と抜け道を振りかざそうとするのが、未成年の集団であり人間である。「タバコを吸うな」と注意すると、「吸ってないよ。ただ持ってるだけだよ。持ってるだけならいいんじゃないの?」とか。「コンビニの前でたむろするな」と注意すると、「たむろじゃないよ。ただ友達待ってるだけだよ。待ってるだけならいいんじゃないの?」とか。

 

 

大晦日の夜に騒いでいる未成年の集団に注意すると、「深夜はいかいじゃないよ。ただ初詣に向かってるだけだよ。初詣なら深夜はいかいにならないんじゃないの?」と言って返してくるのが目に見えている。いくら「大晦日夜の初詣は少年補導は妥当性に欠ける」とはいえ、本来の意味での初詣からかけ離れていたら、警察だっていくらでも少年補導するだろう。深夜にガキどもがバカ騒ぎをしていたら、迷惑極まりない。「静かに寝ていたい」と思っている人だっているだろうし、無防備に出歩くガキどもを狙っている犯罪者もまたいるのだ。

 

 

「大晦日夜の初詣は、少年補導されない。大晦日夜の初詣に対する少年補導は、妥当性に欠ける」のは、あくまで原則である。実際に個々の行為が、原則内に収まるかどうかは、それぞれの現場次第である。つまり、その場に居合わせた警察官次第である。警察官が「これはもはや初詣とはいえないな」「社会通念上の限界を超えているな」と判断すれば、大晦日の夜だろうとなんだろうと、いくらでも少年補導するだろう。「大晦日の夜は未成年だけで出歩いてもいいんでしょ?」などと思うのは間違い。

 

 

初詣には夜に未成年だけで行ってもいい。が、限度を超えれば少年補導されるのである。

 

 


 

 

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