なぜ困っている人への救済を人任せにするのか

2017.10.09 (月)

行動力がないということになるのかもしれません。

 

 

何かしら対処したほうがいいことを見つけたら、誰かに頼むのではなく、自分でしなければならない。人任せな性格をよく表しています。

 

 

例えば、朝の通勤途中で具合悪そうに道端で座っている人を見かけたとします。どう行動します?声をかけます?通り過ぎます?

 

 

大方の人は通りすぎます。声を掛けてどう行動するのがいいのかわかりませんし。もしかしたら時間が掛かってしまうかもしれない。もしかしたら自分が間違った行動をするのを、周囲に見られるかもしれない。だから何もせずに、具合悪そうにしている人を横目で見て通り過ぎるんです。

 

 

ですが皆んな、本当はわかっているはずです。声を描けることが正しい選択であることを。もしかしたらその人は、命に関わる病気を持っているのかもしれません。すぐに救急車を呼んだ方がいいのかもしれません。そうしたら勤め先の予定など二の次であることは、容易に想像ができます。

 

 

だから、通り過ぎた後も気になるんです。自分は人目を気にしている、度胸がない人間なのではないか。自分は正しいと思った行動を実行できない、行動力がない人間なのではないか。

 

 

で、そんな自分の弱い部分を意識してしまった多くの人は、その後でどういう行動をとるのか。困っている人の救済を、人に任せようとするのです。

 

 

先ほどの例であれば、近くで働いている人に任せてしまうのです。避けることができない人に「あそこで倒れている人がいるので、見てやってください。」「救急車を呼んでやってください。」と言って、自分は立ち去ってしまうのです。例えば近所のコンビニの店員、近くの役所の人、最寄駅の駅員などです。

 

 

後のことを人に任せることで「自分の役割は終わったんだ」と、責任を回避して自分を慰めるのです。

 

 

ですが、そこは自分で解決するべきだと思うんです。人任せにせず。人に任せておいて、やるべきことをやったことにはなりません。義を見たらすることをするべきです。義を見ても行動しないのは、勇気がないのと同じことです。

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