ミツバチのように巣を作るには自己の確立が必要〜知ってるつもり 無知の科学
「自分は思ったほど物事を知らない」ということを自覚しなさいよ、という本。
僕たち人間は、頭がいいときもあれば、アタマが悪いときもある。科学を生み出して、宇宙船を発明して、インターネットを発案して‥。そんな飛び切り頭がいいことをしたかと思えば、海洋汚染物質を垂れ流しにして、戦争や紛争でお互いに殺し合って、国のリーダーは政治的な思惑で手を取り合うことができなくて‥。自分たちのクビを締めるようなことを繰り返しやっている。
車の運転をなんなくこなせるかと思いきや、運転中に調子の悪いところが出てきたら、自分たちでは修理できずお手上げ。司法試験に合格するような頭の持ち主もいれば、その人たちが犯罪に手を染めて警察に捕まったりしている。ミネルヴァのように。
(パトレイバー第16巻より)
これに対して著者は、知識とはミツバチの巣のようなもので、個人の頭の中にあるのではなくコミュニティにある、と言っている。
例えばミツバチのコミュニティは、完全な分業制である。嬢王蜂が一匹いて、他には掃除係、育児係、貯蓄係、門番、巣作り係、などに分かれていて。けど全体としてうまく動いている。大事なのは「個体としてどれだけ物を知っているか」ではない。自分が何を知っていて何を知らないのか。それによって自分がどういった役割をこなすことができるのか。といった事を自覚していることが大事だ、という。
「個体としてどれだけ知っているか」には限界があるので、それよりも他を上手く使って、全体としてのレベルを上げた方が良いと言っている。「不得意なことは他に回せ」「アウトソーシングを活用しろ」ということである。
これは歴史認識についても同様のことが言える。お手柄は個人に与えられるべきものではない。
例えば僕たちは小学生の頃から歴史の勉強をしていて、歴史上の人物を多く覚えさせられた。誰が何をしたか、つまり、ある特定の出来事とある特定の人物をセットで覚えている。哲学史にハマっているので哲学史で例を出すが、哲学を始めたのはタレスと言われている。タレスは「万物の根源は水」と考えた。アナクシマンドロスは根源は「無限定な何か」と考えたし、アナクシメネスは「空気だ」と考えた。
イデア論を唱えたのはプラトンと言われている。プラトンは、現実に見えているものは影に過ぎず、真の理想と呼べる存在はイデア界に存在すると考えた。イエスは隣人愛を唱えた。龍樹は空を唱えた。
でも本当に、こんな簡単な覚え方でいいのだろうか。他にも色々な人間が、歴史上の転換点には関わっていたのではないだろうか。タレスは根源を水と考えたけれど、他にも同じように考えた人がいるのではないか。アナクシマンドロスは根源を無限定な何かと考えたけれど、その思想を世に広めようとしていた人は、他にも要るのではないだろうか。アナクシメネスは根源を空気と考えたけれど、その考えは一人で思いついたものだろうか。
プラトンのイデア論、イエスの隣人愛、龍樹の空。どれもあたかも一人で考えたかのように思われるけれど、本当に他の人間の関わりはなかったのであろうか。
歴史上の出来事も、けっして一人が考えたものではないらしい。「どんな画期的な思想だろうと、それをさきに考え出した人は案外いたりするものである。しかし、そこで歴史に名が残るかどうかは、その人がその思想にどれだけ入れ込み、どれだけ人生を捧げたかにかかっている」のだ。(飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.796-797). Kindle 版.)
自分は思ったよりも物事を知らないと思うことで何が良いかというと、謙虚になれる。人に優しくなれる。人当たりが柔らかくなるのだ。あなたの周りにもいるだろう。「自分は正解を知っている」という態度で接してくる性格のキツい人が。
そんな人は「こんなことも知らないのか」「このくらい常識だぞ?」とでも言わんばかりにマウントしてくる。そんな人は周りと協調することが出来ないので、一人で考え、一人でこなすしかなくなる。たしかに頭のいい人であれば、一人で考えて一人でこなすこともある程度はできるかもしれない。だけど個人の能力なんて、コミュニティの力に比べると微々たるものである。
全局面において一人で頑張るよりも、それぞれのパートはそれぞれの専門家に任せた方が、全体として上手く回るものである。すべてを知ることなどできるはずもないので、最初から諦めたほうが時間が無駄にならなくていい。
全体としてうまくまとめるのがいいので、結局は自分自身をよく知っている人の方が、他人と分業する上で摩擦が少ないのである。自分は何が好きで何が嫌いで、何が得意で何が不得意なのか。何になりたくて何になりたくないのか。それを自覚していた方が、長期的な目で見た場合、仕事がはかどるのである。
ここでも出てきたけれど、最終的にはアイデンティティーの確立、という話になる。何事も自分ひとりでやろうとせず、身の丈をわきまえて自分を見つめる。それが、うまく生き抜くための良き方法となる。
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