自分の意見を持つ子どもに育てたいのなら

2020.06.22 (月)

「日本人は自分の意見を持っていない」

 

 

これはある程度の期間、外国人と接したことがある人なら誰でも抱く感想だろう。外国人は、とにかく自分の意見をシャーシャーと言う。「日本人だけが自分の意見を持っていない民族なのではないか」と思うほどだ。

 

 

というのも、「自分の意見を持っていないのはアジアに特有の気質だ」とも言えない。中国人だって韓国人だって、日本人以上に自分の意見を言っているように見える。相手が間違っていようと自分が間違っていようと、たとえ言い訳であろうと「自分の考え」というものを相手に伝えようとする。

 

 

もしかしたら、「日本人は自分の意見を持っていないのではなく、言わないだけだよ。心のなかではしっかりと意見を持っているよ」と反論する人がいるかもしれない。けれど、これはもはや通用しない。というのも、自分の意見を言えなくては心の中の意見など存在しない。

 

 

自分の意見は、言葉に出してはじめて輪郭をなしてくる。これはデッサンのようなもの。白い画用紙を前にして、心のなかで「こんな絵を描こう」と思っていても、本当に描けるかどうかは書いてみるまでわからない。実際に画用紙に描いてみるまでは「絵に書いた餅」である。

 

 

画用紙にペンを走らせてはじめて、「ここはこう描いたほうがいい」とか「やっぱりうまくいかないな」なんて思うはずだ。頭の中にあるだけでは、まだまだ考えとしては軟弱なのだ。部屋に引きこもっている若者が「オレだって本当は‥」とか「オレだって外に出れば‥」と妄想を盾にして人との干渉を避けるようなもので、「実際には言わない無いけれど、心のなかでは‥」というのは非常に危うい考えなのだ。

 

 

考えは筋トレのごとくいじめなければ、しっかりと成長しない。議論という風雨にさらされてはじめて土台がしっかりとする。人に説明してみてはじめて自分の意見のもろさに気づく。簡単に言っているように聞こえる他人の意見も、自分で意見を言ってみてはじめてすごいものだと気づくようになる。

 

 

バスケの神様マイケル・ジョーダンは、いとも簡単にダブルクラッチを決めていた。中学でバスケ部だった僕は、自分で跳んでみてはじめてジョーダンの凄さに気づいた。ダブルクラッチが、入部したての中学生にはなかなか決められないテクニックだと初めて知った。やってみて初めて気づくのだ。

 

 

イギリスの経済学者で思想家のJ・S・ミルは著書「自由論」の中で、「どうして自分とは違う意見を尊重しなければならないのか」を説いている。もともと、この自由論の一番の筋は、「個人の自由への社会の干渉は、どこまで許されるのか」である。いつの世にもある、社会の統制vs個人の独立。この境界線をどこに設定するのか。その原理を示すことが、自由論の骨子である。

 

 

 

 

これに関しては、本書の中では様々な言い方で表現してるが、つまりは「他人に迷惑をかけない限り」である。

「社会が個人にたいして、せいぜいのところ間接的にしか関与できない活動の領域がある。個人の私生活と私的な行為の部分である。それは自分にしか影響を与えず、また、かりにも他者にも影響を与える場合には、相手もきちんとした情報にもとづいて自由かつ自発的に同意し、関与している分野である(本文より引用)」

 

 

僕としては、骨子である「個人の自由への社会の干渉は、どこまで許されるのか」も面白かったが、「どうして自分とは違う意見を尊重しなければならないのか」も同じように面白かった。尊重しなければならない理由は4つあって、

1 相手の意見の方が正しいかもしれないから

2 相手の意見が間違っているとしても、一部正しいかもしれないし、そんな微妙なラインは議論してはじめて明らかになる

3 議論しないと、自分の意見の根拠がわからなくなる

4 議論しないと、慣習を盲目的に信じるだけになる

 

 

つまり、議論しないと自分の意見など持ちようもないのだ。自分の意見だけが存在しているような状況は好ましくなく、自分に対する反対意見があって初めて確固とした自分の意見を持てるようになる。

 

 

ここまで話すとわかってくるが、自分の意見を持つには議論が必要であって、自分の意見に対する反対意見が必要なのだ。確かに自分の意見を通したがために間違うことはある。自分の意見を通して、それ故に遠回りしてしまうことはある。けれどそれは、盲目的に慣習に従うことよりもよっぽどいい。自分の意見を持つには、選択しなければならない。自分の意見を持つとは、人生における選択を自分ですることなのだ。

 

 

その選択の中で人間性が養われる。観察力、推理力、判断力、行動力、分析力、精神力、自制力。これらを身に着けながらでないと自分の意見など通すことはできない。ただただ慣習に従っているだけでは、これらは身につかないのだ。

 

 

自分の意見をもつ子どもを育てるには、反対意見がある中で自分の意見を通すことを覚えなくてはならない。親が専制君主的に子どもの意見の芽吹きを潰していては、子ども自身の意見など育たない。

 

 

だいたい、親である自分の意見が絶対的に正しいと言えるのかというと、そんなことはないだろう。親でも間違うことがある。現代は構造主義の時代であって、構造主義が

 

「私たちは常にある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に『見せられ』『感じさせられ』『考えさせられている』。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題になることもない。」(「寝ながら学べる構造主義」より引用)

 

だと考えると、僕たちが正しいと思っている考えも、数ある意見の中の1つに過ぎない。地球が数ある星の中の1つであるように。

 

 

というわけで、自分の意見を持つ子どもを育てたいのなら、子どもの意見を尊重しなくてはならないのだ。

 

 

 


 

 

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