警察署から車を子どもに盗まれるような不祥事は、どうして起きるのか
「警察署から車を子どもに盗まれる」なんて普通はあり得ないと考えますよね。色々な疑問がわいてきます。
「警察署って誰でも出入りできるの?」
「夜でも出入りできるの?」
「警備している人はいないの?」
「車の管理はどうなっているの?」
「車のキーはどこに保管していたの?」
「タイヤを盗むったって1秒や2秒でできるわけでもないし、その間どうして気づかなかったの?」
「夜に敷地内は見回りしないの?」
「夜に子どもが警察署に入って来て、どうしてわからないの?」
などと疑問は尽きません。
この事件のとおり、一見あり得ないような事件が起きてしまうのが警察という組織です。これは、警察組織が時代に合わないことを如実に物語っています。
おそらく組織内の偉い人たちは「2度とこんなことが起こらないようにしよう」と考えるはずです。ですが、彼らに不祥事が起きないような対策を考える事はできないでしょう。
組織内の偉い人たちは新しい対策を考え、面倒臭い決まりを作り、部下に「周知徹底」と言い回るでしょう。ですがそんなことで不祥事は無くなりません。また別の不祥事が起きるだけです。
警察でこのような不祥事が繰り返されるのは、警察の考えが現代からずれているからです。対策としてひねり出すアイディア自体が見当はずれである事に、自分たちが気付いていないからです。本当は違う価値観を提供して対策しなければならないのに、それまでの自分たちの価値観から抜け出せないでいるのです。
昔、アメリカでフォードが「もっと革新的な移動手段を」と考えて現代につながる車を発明した時代、他の人たちは「もっと速い馬車を作るにはどうすればいいか」と考えていたそうです。
吉幾三さんの「俺ら東京さ行ぐだ」という曲では、青森県出身の若者が憧れの東京に出て成功しようとして、「銀座で山買うだぁ」と言っています。
考えがずれているのは、それまでの価値観から抜け出せないからです。警察の考えがずれているのは、古い価値観を引きずって「偉大な諸先輩方が残してくれた体制を自分たちの世代で変えるわけにはいかない」などと思っているからです。
このような不祥事を起こさないために必要なのは、それまでの自分たちの体制が間違っていたことを認識する事からです。自分たちの居心地のいい聖域を壊すことから始めなければならないのです。
年功序列、上意下達、厳格な階級制度。その他、忙しいこと自慢、立場に対する憧れ、集団思考、体裁ばかり気にする雰囲気、という警察が最も得意としている組織特有の弊害が、「警察署から車を子どもに盗まれる」という不祥事を生んでいるのです。
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