これだけで子どもは非行に走らない! 子育て方法の究極とは

2019.11.29 (金)

ちょっと大きい風呂敷を広げたようなタイトルではあるが、子育て方法の究極、究極の子育て方法について話そうと思う。禅問答のようで申し訳ないが、参考程度に聞いてほしい。これを使えば全てがオッケーで、「子育ての悩みはすべてなくなる」というものである。そんな方法が本当にあるのか。いやある。あるはずだ。というか、ある。これを実践すれば、子育ての悩みは全て解決するはずだ。若干、「答えになっているかどうか」が気になるところではあるが。

 

 

子どもが非行に走らない究極の子育てとは何か、それは、親が笑顔でいることである。笑っていることだ。幸福を感じて生活すること。これで全てがオッケー。何もかもがうまくいく。というか、子育ての目的自体が、これなのだろう。日々幸福を感じながら、笑顔でいること。答えを先に見てしまってから問題を解く、あるいは、ゴールにたどり着いてから迷路をはじめるようなものだ。目的を先に達成してしまうのだ。

 

 

我々は日々、子育てに奮闘している。子どもを起こし、ご飯をつくり、一緒に遊び、ご飯を食べさせ、風呂にも入れ、寝かせ。そんな日々の向こう側には何があるのか。どうしてこんな事を毎日しているのか。それは、幸せになるためだろう。こんな日々の向こうに幸せがあるからだ。だから、先に自分が幸せになってしまうのだ。

 

 

日々に追われていると、時々ゴールを見失ってしまう。起こそうとしても子どもはなかなか起きないし、ご飯を作ろうとしても邪魔ばかりして作らせてくれないし、一緒に遊んでいてもすぐに機嫌が悪くなるし。ご飯を食べさせようとしても逃げ回ってばかりだし、風呂に入れようとしてもテレビを見てるし、寝かせようとしても騒いでいるし。こんな事をしていると、ついついゴールとは違う方向に日々が進んでしまう。本来のゴールである幸せになるとか、笑顔になる、ということが忘れられてしまうのだ。そこで、先にゴールを達成してしまうのだ。笑顔になってしまうのだ。笑って過ごし、幸福を感じながら生活するのだ。

 

 

そうするとどうなるか。「これでもいい」と思えるようになる。たとえ思い描いていたものとは違う日常になったとしても、「でも幸せを感じるし、いいのではないか」と思えるようになる。それは妥協や諦めなのか。確かに妥協や諦めというのならばそうかもしれない。しかしこれは、頭の柔らかさでもある。柔軟に物事を見られるようになっているのだ。モノは言いようで、ネガティブに表現すれば妥協や諦めだろう。がしかし、ポジティブに表現すれば柔らかさ、と言える。

 

 

親が幸せでいると、上手くいかないことも、ポジティブに思えてくる。たとえ学校から「子どもが万引した」などと連絡があったり、子どもの粗暴さがきになったとしても、「それはそれでいいのではないか」と思えるようになるのだ。なぜなら、最初にゴールを達成しているからである。すでに目的を達成しているからである。

 

 

それに、初めにゴールを達成していると、現実がそれに引っ張られるのだ。日々笑顔でいると、周りも笑顔になるだろう。実際は、周りは笑顔ではないのかもしれなくても、「笑顔でいてくれている」と思うと、自分も更に笑顔になり、それに引きつられて周りも更に更に笑顔になる、という上昇スパイラルに乗ることができるのだ。

 

 

究極の子育てとは、親が笑顔でいること。その理由は2つ。

 

 

幸福を感じて笑顔で生活していれば、全てが「いいことだ」と、たとえネガティブなことが起こってもポジティブに捉えられる。ネガティブな事自体が起こらなくなる。不幸せにして笑顔を無くすことがネガティブなことなので、笑顔でいれば、起こること全てがポジティブになる、ということ。

 

 

それと、幸福を感じて笑顔で生活しれいれば、現実がそれに引っ張られる。笑顔でいれば、たとえ初めは勘違いであったとしても周りも釣られて笑顔になる。自分も更に笑顔になるし、上昇のスパイラルに乗れる、ということ。

 

 

というわけで、笑顔でいれば何も問題はない。という話である。

 

 

で、書いている途中、笑顔でいるにはどうすればいいのか。どうすれば笑顔でいられるのか、ということを考えていたのだが、それには寛容さなのだろう。広い心。器の大きさ。許容範囲の広さ、である。「許容範囲の広さ」という言い方が、一番具体的だろうか。トラブルがあっても、嫌なことがあっても、気に入らないことが起こっても、「いいよ、いいよ」と言っていられること。起こりうる全てのことを包み込んで、それらの更に上から見ている視点を持っていること。これは、対応力とも言えるし、ただ単に「気にしない性格」とも言える。

 

 

難しい言葉を使えば、「鷹揚」だろう。意味をネットで調べてみると、小さな事にこだわらないで、心に余裕があるさま。ゆったり、おっとり。などとある。こんな性格が、笑顔をつくるのだろう。自分と他人を幸せにするのだろう。やはり、「余裕があるかどうか」なのだ。

 

 

 

 


 

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