アカシック・レコードのセッションを受けて、ボクシングの脳しんとうみたいに心を揺さぶられた話

2020.01.22 (水)

小学生は週刊少年ジャンプが好きですよね。

 

 

この間ユーチューブで、「コミック別年間売上げランキングの推移」みたいな動画を見たんです。2010年くらいから、2019年までのコミックの売上の推移が横棒グラフで表されていたんです。それによると、ずっとトップを独走中だった「ワンピース」を、2019年になって「鬼滅の刃」が抜いたようです。どちらもジャンプで連載されている漫画です。面白いですよね「鬼滅の刃」は。我が家は「鬼滅」のアニメを見てまして、ダークな雰囲気の中、「妹を元に戻す方法を!」と剣を振るう炭治郎が切なくて。このセリフは、私の4才の子どもも、おもちゃの剣を振り回す際に叫んでます。

 

 

私が小学生の頃に読んでいたジャンプにはドラゴンボールが連載されていたんですけど、ドラゴンボールは1984年に始まったみたいですね。私らが生まれるずっと前から連載されているように思っていたんですけど、私が小学生に上がる少し前に始まったようです。

 

 

ドラゴンボールの各ストーリーの最後でよくある絵が、悟空が筋斗雲に乗って「それ~!」って次の世界に飛んでいく絵だったと思います。初めて大猿に返信した後も、レッドリボン軍との戦いが終わった後も、天下一武道会が終わった後も、まだ小さかった頃の悟空は「オラわくわくすっぞ!」といいながら、「それ~!」って次の未知の舞台に筋斗雲で飛んでいくんです。

 

 

今の気分を言うなれば、そんな悟空の気分だと言えるんじゃないかと。自分より強い敵が目の前に表れて、自分がそれまでいた世界よりも広いであろう世界を予感させられて、「まだまだ強え奴がいっぱいいるぞ」と。だから、「オラわくわくすっぞ!」と。

 

 

私も別に、信じていなかったわけじゃなかったんです。自分もそれなりにスピリチュアルに対する理解はある方だと思っていました。「目に見えない世界なんて、あるわけないじゃん」とハナから信用していないわけじゃないし。時間的・空間的に認識できない「何か」ってのは普遍にあるんだろうとは思っていたんです。

 

 

でも、さすがに「泣くまではしないんじゃないか」と思っていました。ホームページだったかフェイスブックで「涙を流すお客様も…」なんて書かれていて、「まあ、確かにそんな人もいるんだろうな」と。でもそれは、自分とは違う世界に住む人の話だろうなと。

 

 

でもね、結構そうでもないんですよ。ヤバいですよ、アカシックレコードリーディングは。

ヤバい

ヤバい

ヤバい!

 

 

時々「本来『ヤバい』なんて日本語はない! そんな簡単な言葉ばかり使うから語彙力が低下するんだ」なんて学者がいますけど、だったら経験してみたらいいんです。それしか無いし、それしか言えない。あえて表現しようとすると、安易に聞こえる「ヤバい」のような言葉しか見当たらないはずですから。

 

 

まずね、楽器です。「目を閉じて…」なんて視野を奪われた中で鼓膜に響くような打楽器の鐘を鳴らされたら、深意識に入っていかざるを得ないじゃないですか。落ちざるを得ないじゃないですか。音って一気に落とされますよね。子どもの頃に、遊園地にあるお化け屋敷に入ろうとして、お化け屋敷の中から聞こえてくるお経に一気に恐怖の底に落とされた記憶があります。

 

 

鐘を鳴らされて、なんか重い気分にさせられてしまいました。それまで持っていた軽いノリが一気に吹き飛んで、リーディングを受ける心構えになったんです。面接官のいる扉の前に立っている気分でしょうか。

 

 

で、そこからリーディングが始まるわけです。うまかったですよ、質問の間とか。こちらを急がせず、焦らせず。出てくる言葉が現実的で、リアルを感じさせる。もしかしたら、読んでいる方は、読まれる方のことなんて考えてなくて、ただただリーディングすることに集中していただけかもしれないんですが。

 

 

よく「信じるか信じないか」って言葉があるんですけど、じゃあ「どうしたら信じるのか」「どうしたら信じるに足りるのか」と考えると、それにはやっぱり積み重ねが必要なんじゃないかと思うんです。信じるに足る事実の積み重ね。セッションを受けている時に積み重ねられたのは、リーダーから発せられる言葉でしたね。その言葉が、どうしてもリアルを感じさせる。事実と結びついている。

 

 

例えば私たちは、「イヌ」と言われたらワンワンと鳴くあの動物を思い浮かべますし、「サクラ」と言われたら春に咲くピンク色の花を思い浮かべます。そんな感じで、目の前に投げかけられる言葉と、自分のリアルがどうしてもリンクしてしまうんです。「なんだよ、あのことじゃん」って。そんなリンクを目の前にいくつも積み上げられたら、いくら「いいや、こんなものはリンクしていない」と思っていたとしても「リンクしているとしか考えられない」と思わざるを得ないんです。圧倒的な積み重ねによる、「ぐぅ」の根も出ないほどの破壊力でした。

 

 

で、結局は涙を流してしまいましたね。家に帰って録音したボイスレコーダーを聞いたんですけど、自分が鼻をすする音がうるさくて、会話がクリアに聞こえませんでした。そのくらい必死で、涙腺と鼻から流れる水をこらえていたんですね。

 

 

「なんで涙腺から水が流れたのか…」というと、やっぱり琴線に触れたから、でしょうね。芯にせまる雰囲気になったから、だと思うんです。けどなかなかこれが難しいんですよね。特に軽いノリでやってくる人には、その軽いノリを覆して重い雰囲気にさせることがいかに難しいか。

 

 

取り調べで経験しているんですけど、よくいるんですよ。軽いノリでやってくるのが。ウソを突き通して取り調べを終わらせようとするのが。「いやいや、君のやったことは犯罪であって悪いことだよ」と伝えようとしても、なかなか事の重大さに気づいてくれない。ツジツマが合わなくても、論理的に破綻していても、「だってやってないんだからしょうがないじゃん」を突き通す。この軽いノリでいる人間に、自分がやったことと向き合わせるのが、大変なんです。

 

 

涙ながらに「すいませんでした」と言わせるには、テクニックも必要ですし、話術も必要ですし、積み重ねる事実も必要です。総合力で琴線までたどり着くしか無い。リーディングを受けていたときの私は、琴線まで触れらてしまいました。どこが琴線なのか、どこが問題の芯の部分なのかっていうのも、難しいと思うんですけどね。

 

 

始めの話に戻るんですけど、悟空は気分が良かったんだと思うんですよ。自分の未知が目の前に広がって。だから亀仙人とか天津飯とかカリン様とか、たとえ相手に負けたとしても、未知が広がるたびに「それ~!」ってなったんだと思うんです。私は別に負けたわけじゃないですけど、「やられた」って感じですかね。

 

 

「そんなにでもないだろう」と思っていたのに、そんなにでもあった。軽いノリで行ったのに、重い雰囲気にさせられてしまった。でもそれは決して気分が悪いことじゃない。むしろ清々しくて気持ちがいい。「懺悔した罪人」みたいなものなのかな、と。つっかえていたものがとれる感じなのかな、と。

 

 

というわけで、アカシックリーダーである柿谷英樹さんのホームページはこちら

 

 

 

 

 


 

 

 

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ようやくできました。「妄想スナイパー理論」です。タイトルは「インパクトがある方が人目につくかな」と思って、こんなタイトルにしていますが、中身は「犯罪と非行をなくして、思いやりを育む方法」になります。

 

思いやりってけっこう、掴みどころのないものだと思うんですよ。昔から「思いやりを持ちなさい」とか「思いやりが大事です」なんて周りから言われることは多いと思いますが、「それって何なの?」と聞かれた場合や、「それってどういうこと?」と深く知ろうとした場合、それと「どうやって持つことができるの?」となった場合に、うまく答えられないと思うんです。

 

そこで、一つの具体案として、「スナイパーのようなものだと」というのを示したいと思います。スナイパーとは、遠くから銃で相手を狙う、狙撃です。思いやりとは、スナイパーのようなものなのです。もちろん、思いやりっていうのは頭の中のことなので、実際に銃なり狙撃なりはしませんが、遠くから狙うすスナイパーと思いやりっていうのは、似ています。

 

スナイパーと思いやりはどうして似ているのか。スナイパーと思いやりの間の共通点とは何なのか。スナイパーと思いやが似ているのだとしたら、思いやりを育むにはどうすればいいのか。そんなことを、この小冊子には載せてみました。35,222文字です。目次はこちらで公開しています。

 

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