相手の身になって考えるには、どうすればいいのか
相手の身になって考えるにはどうすればいいのか。相手の視点になってみるとはどういうことなのか。それは、親身になる、ということかもしれない。自分ごととして、真剣に考えてみること。当然ながら、その場の状況というのは、一人一人違うものだ。自分には許せるものでも、相手にとっては許せないものもあるだろう。自分にとっては重大なことでも、相手にとっては大したことではないこともあるだろう。
そんな自分と他人のズレを、想像で埋めることが、相手の身になって考えるということなのだと思う。相手の立場を想像するにはどうすればいいか。仲良くなることだと思う。仲良くなれば、より相手を知ることになるだろう。で、仲良くなるにはどうすればいいのか。それは、共通点を見つけることだ。共通点を見つけることができれば、仲良くなり、相手の身になって考えることがしやすくなるのだ。
私はケンカや言い争いの場面に何度も立ち会ってきたが、ケンカや言い争いの場面でよく使われる言葉が、「分からない」だ。この言葉は、お互いが仲良くない者の間で頻繁に聞く言葉である。「お前のやっていることが分からない」とか、「あんたの考えが分からない」とか。要するに、自分と相手とを別々のものとして考えているのである。自分と相手を断絶して考えて、全く別の、何の関係性もない個体として見ているのである。
相手が嫌いだと共通点が見つけられないし、相手と仲良くなれれば共通点が見つけやすくなるものなのだ。相手の身になって考えるには、仲良くなる必要があるし、仲良くなるには、相手と自分の共通点を見つけることが必要なのだ。
どうやって見つければいいのか。共通点など、どうやって見つければいいのか。これにはちょっとしたコツがいる。このコツを持っていれば、実際にはっきりとした共通点がなくとも、共通点を見つけることができるようになる。コツとは、抽象化である。具体的にはっきりと物事を見るのではなく、抽象的にぼんやりと物事を見るのだ。現実的に言えば、重箱の隅を突くのをやめるのだ。
例えば、ケンカや言い争いで、相手の態度が気に入らない、というのがあるだろう。客と店員のトラブルというのは頻繁に発生するものであるが、たとえとしてこれを持ち出したい。客は店員が気に入らないと、細かい動作やどうでもいいところまで「気に入らない」と言い出すものである。坊主が憎ければ袈裟まで憎いのである。この「袈裟」が、細かいところなのだ。そんなのは枝葉であって、どうでもいいところであろう。そんなんときに、例えば「袈裟も自分が着ているものも、遠目に見れば同じだ」と考えることができれば、今朝に対する攻撃は沈めることができるだろう。
店員と客のトラブルも、初めは客は、店員が発した言葉から怒り出すのだ。それから、店員の何気ない態度や所作までもが気に入らなくなっていく。店員の動作や言葉一つ一つを具体的に捉え、周りや自分や普通とは違う断絶したものとして見ていくのである。
そんな時に抽象的な視点を持って、「同じだ」と思えることができれば、店員の動作や言葉一つ一つを具体的に見ることがなくなっていくだろう。自分が分かり得ない別個のものとして見ることなく、結局は自分にも理解可能なよくあるものとして見ることができれば、攻撃の対象にはならないだろう。
この、対象を別個の独立したものとして見るのではなく、周りと同じもの、繋がっているものとして見るのが、抽象化の視点である。具体的に見るのはなく、ぼんやりと眺めるのだ。そうすると、気になるところも気にならなくなるし、分かり得ないようなところにも理解が及ぶようになる。
普段から抽象的な視点を持って、物事をぼんやりと眺めるように見ることが、抽象化の視点だ。抽象化の視点を持てば、相手と自分に共通点が生まれる。相手と自分に共通点が生まれれば、相手と仲良くなれる。相手と仲良くなれれば、相手の身になって考えることができる。
物事をぼんやりと眺めるように見ることが、相手の身になって考えることに繋がるのだ。遠くを見るように、遠くの景色を見るように、人間関係を見てみる。細かいことがどうでもよくなってくるだろう。相手のすることが、自分には関係なく思えてくるだろう。相手の所作一つ一つにイライラしている自分が滑稽に思えてくるだろう。物事を客観的に見ることができるだろう。「何で自分はこんなにイライラしていたのだろう」と、一歩後ろからの視点に気づくはずだ。それこそが抽象的な視点であり、相手を認めるということであり、相手の身になって考えるということである。
イライラしているのは、結局は自己中だからだ。相手と自分の間のズレを修正できないでいるのである。相手と自分を重ね合わせ、相手の身になって考えること、それには抽象化の視点が必要なのである。イライラがなくなれば、世の中から犯罪や非行といわれるものがなくなるだろう。現実に無くなりはしないかもしれないが、随分と減るのではないかと思う。
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