なぜ家出は悪で、親離れは善なのか?

2020.05.11 (月)

見えてくるのは親のエゴ、社会の自分勝手さ、それと追随する盲目者立ち、というところだろうか。

 

 

たとえば僕は格闘技が好きなのだけれど、組技系と打撃系を比較した場合に「力を使う方向が逆だ」ということが言われている。

 

 

組技系であるレスリング経験者と打撃系であるボクシング経験者が異種格闘技戦で対戦しようとした場合、わかりやすくなる。

 

 

お互いに自分の得意なスタイルで戦いたいし、相手の得意なスタイルには持っていかれたくない。レスリング経験者は組んで戦いので相手を引っ張ろうとするし、ボクシング経験者はパンチを打てるだけの距離を取ろうとして相手を離そうとする。

 

 

レスリング経験者は距離を詰めたい。たとえ相手が離れようとしても、自分から近づいていく。ボクシング経験者は相手を離したい。たとえ相手が近づいてこようと、策を練って自分と相手との間に一定の距離を取ろうとする。

 

 

親というのは自分勝手な生き物で、その考え方の一貫性の無さに自分では気付いていないことが多い。その一貫性の無さたるや相手(子ども)から見れば、初めはリスリング経験者であったのに、途中からボクシング経験者に変わってしまうようなものだ。

 

 

一般的に、家出は悪と言われている。小さい子どもが、みずから家を出ていくのは、「親の大切さがわかっていない」「後先考えずに行動する無鉄砲」「自分一人で生きていけると考えているため、世間をわかっていない」などと考えられるのだ。

 

 

それに対して、親離れは善と考えられる。育児の最終目的が、子どもの自立であって一人で生きていけること。故に、いい大人になって、親元を離れられないということは「育児がうまくいかなかった」ことを連想させる。せっかく育ててもらった親に対して、恩を仇で返すようなものである。親離れしてこそ孝行なのだ。

 

 

家出と親離れでは、見事に考え方が逆転している。初めは距離を詰めて「引き込もう引き込もう」としていたのに対し、いつの間にか距離をとって「離そう離そう」に変わってしまっている。

 

 

確かにこのコラムに書いてあることに対して「考え方が極端」とか「考えすぎ」と思う人もいるかもしれない。けれど、親子の距離間というのは難しい問題であって、一概に「家出は悪で、親離れが善」と考えられるものでもないのだ。親はみずからを、「子どもから見れば正反対のことを要求するような自分勝手な生き物」であることを自覚することが必要だろう。

 

 

このことを突き詰めていくと、パラサイト・シングル問題は、家出を悪とみなした風習が原因だと考えられなくもない。「子ども部屋おじさん」という揶揄する言い方もあるが、いい年こいていつまでも親が与えてくれた子ども部屋に住み続けることは、小さい頃の「家出なんかするもんじゃない!」という親の言いつけを忠実に守った結果とも言える。

 

 

‥とは言っても、最近では家出をあまり悪と見なさない雰囲気が社会にあるのではないかと思う。それはもちろん、「親離れや子離れができない家庭」というのが社会問題になって、多くの人が家族間の距離を詰めることに疑問を持ち始めたからだろう。「親子」という関係の大人どうしが一緒に生活する不自然さや不健康さを、社会が意識し始めたのだ。

 

 

諸説あると思うが、時間とは現在を通り越して、過ぎ去ったものになるので、過去よりも「遠い未来にどうなっているか」ということに人は関心を向ける。いくら子どもが小さいうちに「家出は悪」と思っていても、時が来れば親離れ子離れしてくてはならず、最終的には距離をとることを要求されるようになるものだ。

 

 

小さいうちから親離れ子離れをさせるような取り組みが、今現在ではなされている。夏休みなんかの長期休暇を利用して、合宿なんかで子どもに自立心を養わせようとする企画が以前にもまして多くなってきているのも、将来的な親離れ子離れを意識してのものだろう。

 

 

ちきりんさんの「みらいの働き方を考えよう」にも書いてあったが、これからは「家族」という枠組みで考えることが無理になってくる。「家族だから」という理由で、親子をいつも一緒にいる基本単位として考えていると身動きが取りづらくなって、国際化の波の中では不利になるのだ。

 

 

 

とは言っても、ここのコラムで僕が言いたいのは「家出は悪ではなく、これからの時代では善」とか「これからは『家族』という枠組みを外して考えるべき」ということではなく、どちらかと言うと、親の自分勝手さや社会の身勝手さの方である。コロコロと簡単に主張を変えるし、始末の悪いことに、主張を変えていることに自分で気付いていない場合が多い。

 

 

世間一般に言われていることを鵜呑みにせず、自分で「本当だろうか」と考える姿勢が大切なのだろう。特に「子育て」とか「育児」という業界では、ハッキリしない「なんとなく」という理由だけで盲目的に信仰されていることが多い。

 

 

僕たちは自分の人生が間違っていたとは思いたくないので、自己中にも自分を正当化する。哀愁もあるし、子どもの頃の風景を大人になっても再現したがる。しかも自分の都合のいいように。

 

 

親として感じていることはどの親にもあるだろうが、それでも大きなパラダイム・シフトの只中にいて、全体の流れの中にいる自分を絶えず意識することが必要なのだろう。いくら「これは子育てに絶対に必要!」「育児には絶対に必要!」と思っていたとしても、それには「始まり」があるものなのだ。「絶対に必要!」も、いつの時点からか始まった考えなのだ。

 

 

「学校には行かなければならない」風潮だって、学校制度が明治から始まったことを考えると、僕たち日本人は多くの時間、学校を必要としないで生活してきたことになる。

 

 

「絶対」は無いし、「普通」はありえない。終生普遍があるとしたら、それは僕たち人間の盲目的なエゴだけである。

 

 

 


 

 

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