子どもが非行少年になるのを防ぐ方法とは
「子どもが非行に走るのを防ぐには、どんな方法があるのか」
「子どもの非行について知りたい」
「どうして子どもは非行に走るのか知りたい」
最近、1人でいることの価値を改めて感じるようになりました。孤独を感じることの価値、そこから湧き上がる、と言うか深く沈み込む思考の広がりってのは、人生において大事だなぁと思うんです。それっていうのは、非行対策においても例外ではありません。1人でいることっていう事、それによる自分との対話っていうのは、必ずや子どもを素直に成長させる、子どもを非行に走らせない事と同じ部類だと思うんです。
まず、なんで非行に走るのかと言ったら、それは具体レベルのものしか見ることができていないからです。分かりやすい、ハッキリとした、きらびやかなもの、それが具体です。深く考えなくても、誰でも簡単に見ることができる世界です。
お金持ちになって、好きなものを買って、女をはべらせて、いい車に乗って、もしくはいいバイクに乗って、手下を従わせて。そんな短絡的な考えを、短絡的な方法で実現しようとするのが犯罪なり非行なりなのでしょう。当然、こんなゲスな考えは、他人から見れば迷惑極まりない行為です。社会に自分1人しかいないのであれば許されるのかもしれませんが、社会には大勢の人間がいます。他人からしてみたら、このような夢は迷惑でしかありません。
他人にとって迷惑であれば、そんな夢は抑え込むのが人間なのでしょうが、非行に走る者や犯罪に走る者は、いかんせん考えが短絡的です。人の気持ちまでに想像が及びません。自分1人がよければそれでいい、という考えになっているのです。
自己中なんです。想像が膨らまないので、相手の身になって考えることがで来ません。自分以外の価値観の存在がわかっていないのです。世界には自分以外にも人がいることくらいはわかっているのでしょうが、それぞれが自身の価値観を持っているとか、自己中な価値観は他人の迷惑でしかない、のような結論まで考えが及ばないのです。
子どもはバイクで走り回るのが好きなんですよね。ああいう単純で分かりやすい格好よさにひかれてしまいやすいのでしょう。迷惑な爆音をあげて、下品に目立つ改造バイクで、交通違反をしながら走り回る行為が格好いいのでしょう。そんな分かりやすい格好よさにひかれて、その裏にある他人にとっての迷惑とか、短絡的な行為であることに気づかないのです。
人を殴る暴力行為をする非行少年もそうなんでしょう。自分以外の価値観の人間を許せないんです。自分は上の立場でいたい、だからそれを成すための暴力は正当化される、という思考回路なのです。競争心が高い、とも言えます。相手が許されない。激昂した感情を抑えることに意味がないと思っているのでしょう。
オレオレ詐欺の犯人もそうです。自分達にもおじいちゃんやおばあちゃんがいるだろうに、それでも他人のおじいちゃんやおばあちゃんを騙します。まとめて考えることができないんです。おんなじカテゴリーの人間だ、ということが見えていないのでしょう。断絶して考えてしまっているのです。
非行少年しかり、犯罪者しかり。彼らは自己中なんです。それは思慮が足りない、という事です。相手の身になって考えられない、主観しかなく、客観の視点が分からずにいるのです。
では、どうしたら短絡的でなくなるのか。どうしたら自己中で無くなるのか。どうしたら思慮深くなるのか。どうしたら相手の身になって考えられるようになるのか。どうしたら具体にとらわれず、抽象を意識することができるようになるのか。どうしたら見えないものを見られるようになるのか。
それは、頭を使うことなのだと思います。考えることです。想像することです。分かりやすい、見えやすい、引かれやすい具体的なものにとらわれずに抽象的なものを見ようとするんです。分かりやすい具体的な主観にとらわれずに、見えにくい、だけど本質的な客観を見ようとするんです。物事には裏があることを理解するんです。具体の後ろ側には抽象があることを知るんです。
抽象的に考えると分かりやすいです。一歩引いて、一歩上に上がって、高いところから全体をぼーっと見渡すように見るんです。そうすると、具体的に見ようとしていたのでは決して見えない、物事の全体、本質、後ろ側っていうのが見えるようになります。
全体を見れば、1つ1つにとらわれる事はありません。ハッキリしたもの、分かりやすいもの、すべてボヤーっと見えるだけです。見えにくい分、分かりにくい分、その分、頭を回転させなければなりません。抽象を見るには、思慮深さが必要なのです。
抽象的に見れば、すべては同じです。ここに見れば様々な違いがあるでしょうが、抽象的に見れば全部一緒くたです。違いは微々たるものになります。故に差別なんか生まれないでしょう。
抽象的に見れば、断絶は生まれません。全部同じです。社会には多くの線が縦横無尽に引かれていますが、そんなものは抽象的に見る事で消えてしまいます。線が消えるんです。差も無くなります。そうすればお互いに親近感もわくでしょう。仲間であれば、傷つけることもなくなるでしょう。
抽象的に見れば、1つのことにとらわれることもありません。全体の流れが見るようになります。遠くまで見えるようになりますし、先まで見えるようになりますし、奥まで見えるようになります。
すべては抽象的に物事を見ることから始まるんです。抽象的な視点があれば、見えないものが見えるようになり、具体にとらわれることがなくなります。
抽象的な視点には、頭の回転が必要です。考えることが必要です。同じものを見ても、考えていれば本質が見えます。が、考えていなければ表面的なものしか見えません。物事の具体的な表面にとらわれず、その奥にある本質をのぞこうと頭を回転させて考えることが、抽象化思考には必要なんです。
故に考えるのに適した環境が、非行少年を生まない土台になるのです。子どもが非行に走るのを防ぐのであれば、考えることをしなければなりません。子どもが考えることができるように促すこと、それがせめて周りの親に出来ることなのでしょう。
「考える」は、自発的な行為です。「考えなさい」と支持したからといって考えるようになるものではありません。本人が考えることの必要性に迫られて、初めて考え始めるのです。考えることが必要な環境、考えやすい環境、それが周りの大人が出来ることなのでしょう。
考えるには、やはり1人になることです。皆んなでワイワイガヤガヤやっていて、頭を回転させて考えることができるはずがありません。言っておきたい、ぜひ言っておきたいのは、何かを創ることと1人になる事は親和性が高い、という事です。
例えば子どもの頃、1人で画用紙に絵を描いた記憶はないでしょうか。真っ白い、何にも描かれていない白紙に、自分の頭の中にあるものを描いていくのです。あの爽快感、解放感、気持ち良さは、1人でいる時独特のものです。
他にも、プラモデルを作ったり、ブロックでロボットや車を組み立てたり、粘土で何かを作ったり、です。頭の中にある抽象的なものを具体的なものに変換する作業は、とても頭を使う作業なのでしょう。というか、頭を使う作業なのに、それが何かを作り上げる事においては、幸福を感じさせるのだと思います。
本来であれば、具体と抽象の往復は面倒なものです。決して楽ではありません。頭を使うのですから、エネルギーを消費します。人間は楽をしたい生き物なので、そんな頭を使うなどという大層なことを進んでやろうとはしません。
なのに、何かを創り上げる、ということにおいては、どういうわけか幸福を感じるのです。頭の中のイメージを具現化させる作業です。つまりは楽しい、ということです。何かを作り上げることは楽しいんです。もちろん、数人で作り上げる、という楽しさもあるでしょう。ですがそれよりも先に1人で考えることがあるはずです。数人で作ることはワイワイガヤガヤが楽しいのであって、純粋なイメージを具現化させることを楽しむのとは少し違いもします。
創作物は、何でもいいのだと思います。分かりやすいのは絵とか工作物でしょうが、もっと抽象的な文章でも、プログラミングでも、ビジネスでもいいのです。すべて具現化作業がともないます。イメージを具現化する作業が必要です。おそらく、その時に幸福を感じる物質を脳が出しているのではないでしょうか。
そんな、イメージを具現化する作業においては、考えることが要求されます。なぜならハードルがありますから。具現化するのは、現実の世界でしかできません。頭の中ならなんでも有りですが、現実の世界でなんでもありは無しです。
ビジネスを創るなら、度胸やお金や立場、なんていうのがハードルになります。1つ1つをクリアしていかなければなりません。ブロックで物を作るなら、ブロックの形や数、という制限があります。その制約の中で、いかに自分のイメージを具現化するか、頭を回転させるのです。絵を描くことにあっては、色なんかがハードルなのではないでしょうか。イメージどおりの色鉛筆や絵の具が現実にないかもしれませんし、それに自身の技術的な未熟さもハードルになるでしょう。文章を創ることのハードルは、語彙力とか文章力でしょう。
これらのハードルをクリアしていくのに、頭を使う必要があるのです。ですが、これらの作業において、頭を使うことはとても楽しいものです。モノを創る、という具現化作業においては、頭を使うことに幸福感が出てくるのです。
私は非行防止のために、1人でいることをお勧めします。おそらく世間的には、皆んなでワイワイガヤガヤしている方が健康的で健全に写るのだと思います。そのようなものを「社会性がある」と言い、学校に子どもを通わせる理由になるのだと思います。
ですが、そんなものは流されているだけです。自分で考えてはいません。周りの言いなりになって、思考を止めているだけです。自分で考えるんです。そのためには世間的に非常識と思われるようなことも必要でしょう。だから度胸も必要なはずです。
度胸は深い思考から構築されます。深い思考の果てに、高い度胸が作られるんです。「俺は何をしたいんだ」とか「俺はこんなことをしていて良いのか」とか「自分がなすべきことは何なんだ」という自分への問いが、思考を深くさせます。
そのためには、まずは「間違っているのは自分かもしれない」って思うことです。自分とは違う価値観を持った人間が現れた際に、「なんて非常識な人間なんだ」とか「当たり前のこともできないのか」と思ったりせずに「間違っているのは自分かもしれない」と思うのです。そうすれば、「もしかしたら、目の前のこの人間は、自分が見えていない世界を見えているのかもしれない」ということに気づきます。そうすれば、相手の頭の中に思考を広げる機会になります。相手の身になって考えるきっかけになるんです。
常識を疑うことです。常識というものを撤廃し、ゼロから自分の考えを創り出すことが必要です。そうでないと、視野が狭いままです。常識とか当たり前が前提で考えていては、ゼロベースで考えられません。故に出来上がったものは、視野が狭いものになります。根本の部分での広がりを欠いたものになるでしょう。
線は分かりやすいものです。社会に縦横無尽に引かれています。これもゼロベースで考えることを阻害するハードルです。線とは、決まりやルールや常識です。それら一度消し去り、何もないまっさらな状態から自分の考えを創り出すことで、より深い思考を手に入れることができるでしょう。
世の中は具体と抽象でできています。世界に方角があるように、左右があるように、原因と結果なんてものもあるように、具体と抽象もあります。見えやすいものと見えにくいものです。現実的なものと非現実的なものです。表面的なものと根本的なものです。手に入れやすいものと手に入れにくいものです。
具体に囚われていては、見えるものも見えません。世の中は具体を求めます。我々のいる世界が人間社会である以上、分かりやすいことがアドバンテージであることは仕方のないことです。ですが、右手ばかり使っていてはバランスが崩れるように、具体的なものばかりを求めていてはバランスを欠きます。世の中は具体と抽象、両方が必要なのです。
具体に囚われないで、抽象を意識することです。1人になることです。そうすれば思慮深くなり、相手の身になって考えることができるようになり、非行に走ることもなくなるでしょう。1人でいることとモノ創りは親和性が高いです。うまく組み合わせることができるはずです。
「素直さ」を考えるセミナーを定期的に開催しています。スケジュール・詳細はこちらをご覧ください。
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プレゼントの無料小冊子を更新しました。「子どもの非行を防ぐための素直な頭のつくり方」です。
非行に走る子どもは自己中が多いです。頭が固く、自分の価値観に固執しています。周りの人間の価値観や考えを受け入れられず、自分を通そうとします。自分以外の価値観や考えがあること自体が、見えていないのです。自分が正しくて、自分以外の考えは間違いだという先入観から抜けられない状態です。
子どもは周りから吸収する度合いが強いので、子どもの成長は周りの大人次第の側面があります。「周りの大人が自己中から脱し、素直な頭を持つ事で、接する子どもにも好影響を与えよう」というのが、この小冊子の狙いになります。
頭の柔軟性があり、状況や相手に応じて変化できる事。自分だけでなく、相手の考えも認める事ができる事。一つ上から全体を俯瞰できる事。そんな「素直な頭」をつくるための気づきを、この小冊子から得ていただければと思います。
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