「伸びしろ」という提案は厳しいかな〜東大生を育てる親は家の中で何をしているのか
東大に合格できる子どもと、そうでない子どもでは何が違うのか。
著者は、それを伸びしろだという。入塾してくる子どもに、伸びしろがあれば、成績を上げることができるし、伸びしろがなければ成績を上げる事ができないのだろう。著者は伸びしろを成長の余白とも言っている。
伸びしろを作るには、家庭での習慣が大事だとのこと。ゆえにこの本では、伸びしろを作るための家庭での子どもとの接し方が主題となっている。「こういう習慣がいいですよ」「こういう習慣がよくないですよ」という例の列挙である。
例えばこれは、第二章「子どもの自立を助ける6つの習慣」の中の、「お風呂の時間を大切にする」という項で書かれていた文章である。
「お子さんがまだ小さいとき、とくに大事にしたのが、親子で入るお風呂の時間。お風呂は心も体も裸になりますから、心身ともにリラックスできる時間です。
そういう時間は、自立心をやしなうのにうってつけです。なぜなら、心からリラックスしている分、子どもがすんなりと厳しさを受け入れるからです。
湯船につかっている間は思い切り甘えさせる。
でも、その一方で、体は自分で洗わせて、自分が使ったタオルや石鹸などは元の場所にきちんと戻させる。それを当たり前に繰り返すことで、他のことでも自分のことは自分でできるようになっていきます」
そしてこれは、第三章」「子どもの可能性を伸ばす6つの習慣」の中の、「子どもの感情をうまく切り替えさせる」という項で書かれていた文章である。
「あるとき、小学6年生の子とその親御さん、そして私の三者で面談を行いました。その席でのこと。
目の前に差し出された模試試験の結果が予想以上に悪く、その子は泣き出さんばかりに落ち込んでいました。でも、その子の隣りにいたお母さんは明るい声でこう言ったのです。
『このタイミングで最悪を経験してよかったじゃない!』
その言葉を聞いた途端、その子の表情がパッと変わりました。
落ち込んでいた気持ちから3段階くらい回復したのは明らかで、私もその瞬間、『ああ、もう大丈夫だな』と思いました。そして実際、この子は、この模試試験以降どんどん成績を伸ばし、無事に志望校に合格したのです」
この様な文章を見て思うに、まず「伸びしろを」というのは厳しいのではないかと思う。「提案として厳しい」ということだ。
というのも、何が伸びしろで何が伸びしろでないか。その中でも何が東大合格のための伸びしろで、何が東大合格のための伸びしろでないか。そもそも伸びしろなんてものが本当にあるのか。著者には伸びしろのようなモノが見えているとしても、それは本当に伸びしろなのか。著者には、伸びしろのような「何か」が見えているとしても、その何かを読者に理解させることはできるのか。
このようなことが厳しいと思ったからだ。伸びしろというのは、極めて主観的なのだ。
例えば企業の採用人事担当者で、自称「数多くの新人を見てきた」人は、こんなことを言う。「オレは多くの新入社員を見てきたが、その新入社員がものになるかどうかはひと目見ればわかるんだよ」である。
このような言葉ほどテキトーな言葉は無いと思っている。
なので僕が思うに、数多くの事例を見てきたからと言って、良い判断ができるものではないのかもしれない。多くのサンプルを見てきたからといって、先見の明が良くなるわけではないのかもしれない。多くの東大合格者と不合格者、東大合格者の親と不合格者の親、それぞれを見てきたからと言って、そこに誰にでも応用可能な共通点を見つけるのは難しいのかもしれない。
列挙しているおすすめ習慣が、「東大に合格と関係あるの?」と思えるような、受験とは関係のない、どこにでも転がっている子育て習慣のように思えるからだ。
著者は、都内で塾を経営している方のようであるが、そのような方でも、できる提案はこの程度なのであって、見える共通項はこのようなものなのだ。親子関係に関する提案というのは難しいのだろう。
こういう本を読むと、意外と何の関係もないところからのアイディアというのが使えるんじゃないかと思う。子育てとか受験ではない、全く関係のない分野で多くのサンプルを見てきて、専門的な知識や突飛な考えを持っている人が、子育て分野でも「これが使えるのではないか」と自身のアイディアを応用する例である。
アイディアを応用するためのキーは、アナロジー。自分のところのアイディアを、遠くの分野に応用するのだ。
僕なんかは哲学が子育てには使えるのではないかと思う。ストア派のセネカの「怒りについて」を読むと、犯罪や親子虐待を防ぐための方法がわかってくる。ヒントは、「理性」である。犯罪も親子虐待も、怒りの感情によって起きる。感情を抑えるのは理性である。さらには、言葉は理性である。言葉を鍛えれば、犯罪や親子虐待に負けることのない生活を営むことができる。
遠くの分野からの応用が、子育てという分野にも必要なのではないかと思う。
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