同じように悩み苦しんでいることが、セネカが読まれる理由なのだろう〜心の安定について

2020.04.26 (日)

 

人のアドバイスというのは不思議なもので、相手のための言われたアドバイスでも、実は発した自分のためのアドバイスでしかない。

 

 

例えば「家は買うべきか借りるべきか」という永遠のテーマがあるが、これを「家を買って後悔したぁ」と思っている人に相談すれば

 

 

「買ったってしょうがないよ。ローンに苦しめられるだけだよ。人生は長いんで、何が起こるかわからない。今は『家を欲しい』と思っているかもしれないけど、そのうちどうでも良くなるよ。心変わりするよ。そんなときにローンがあったらたまんないよ? 買わないで借りるべきだよ」

 

 

なんてことを言われるし、逆に「借りないで買ってよかった」と思っている人に相談すれば

 

 

「早めに買ったほうが良いよ。ローンは早く組むほど楽になるよ。自分の家はいいよお。誰にも気兼ねすることがないしさ。自分の好きにできる。なにより『帰るところがある』というのがいいよね。自分の城があるのとないのじゃ違う。気持ちの拠り所があるわけだからさ」

 

 

なんてことを言われるだろう。

 

 

アドバイスというのは、アドバイスされる側というよりは、アドバイスする側の事情を色濃く繁栄しているものなのだ。

 

 

「心の安定について」は、相談を寄せてきた年下の親友セレヌスに宛てたアドバイスである。このころ、セネカはコルシカ島から戻ってきていて、ネロの家庭教師をしていた時期らしい。田舎の何もないコルシカ島から、再び都会のローマに戻ってきて、おそらく経済的には不安のない生活をしていたものと思われる。

 

 

セレヌスは、真面目な人間のようである。「高官になりたい」と思っていながら、同時に質素な生活を心がけたいとも思っている。お金を無駄に使ったり、豪華な食事をしたり、そんなものは良くないと思っている。つまり、堅実な政治家を目指しているのだ。

 

 

そんなセレヌスは、自分の興味があっちにこっちに移り変わりしていることを悩んでいる。堅実な生活もいいが、豪華な家や食事に囲まれた生活も悪くないと思ってしまう。この移り変わってしまう気持をどうすればいいのかと、セネカにアドバイスをあおいでいるのだ。

 

 

セネカはここでも、政治の中央で忙しく働くことをバカにしてこき下ろしている。

 

 

「外国人と自国民の間の争いごとを裁く法務官とか、自国民同士の争いごとを裁く法務官の方が、もっと偉いとでもいうのか。彼らは、補佐官が作成した判決の言葉を、当事者たちに語っているだけではないか」

「職務のために奪われていた時間を、学問に振り向けたとしても、自分の仕事を放棄したことにも軽んじたことにもならない」

「公務が自分を解放してくれるのを待っていてはいけない。みずからの手で、自分を公務から解放するのだ」

 

 

アドバイスには、アドバイスする側の願望が強く表れる。おそらくこれらのアドバイスは、「自分がこうしたい」というセネカ自身の希望の表れだったのではないかと思う。

 

 

セネカはネロ帝の家庭教師としてあくせく働いており、自分が公務で忙しい毎日を送っていたに違いない。なのに、親友に宛てたアドバイスは、高官をバカにし、「公務から離れてゆっくりと学問の時間を取りなさい」だったのである。おそらく自分が「公務から離れてゆっくりと勉強して生きていきたいなあ」と思っていたのだろう。

 

 

僕らもよく「忙しい毎日から離れてゆっくりと生活したいなあ」と考えている。この悩みは、人類普遍の悩みだったのだ。

 

 

そして、僕たちがセネカの文章を読み続ける理由もここにあるように思う。もちろんその理由というのは、セネカが適切なアドバイスをしているというものではない。セネカのアドバイスは、現代の悩みに対するアドバイスと同じで、抽象に逃げている感がある。

 

 

セネカが読まれてい理由とは、セネカが僕たちと同じ悩みを持っている、ということだ。2000年以上も昔の人間が、現代の僕たちと同じ悩みで苦しみ、答えを模索していたのだ。

 

 

正に、その「同じ悩みで苦しんでいる」ということこそが、セネカが読まれ続ける理由だと思う。決して効果のあるアドバイスをセネカが提供できたからではない。

 

 

ゆっくりとした日常を送りたいという悩みは、すぐに解決するものではない。10人いれば10人それぞれのやり方があるだろうし、それぞれの人生に特化したアドバイスが必要だろう。

 

 

だから、アドバイスを求めることそのものに、あんまり意味はない。同じ悩みを抱えているものにこそ、僕たちは共感を感じる。

 

 

政治の中心にいたセネカ、経済的には成功していたセネカ、保証された地位にいたセネカ。けれど、古代ローマにおいても、けっして暴君のように自分の人生を悩みなく謳歌していたのではなく、絶えず「自分はなんてくだらないことをしているんだろう。自由になりたいなあ」と空を見上げているような人間だったのだ。

 

 

おそらく悩みを解決する一番の方法は、適切なアドバイスをもらうことではなく、「この悩みは自分固有ののものではなかったのだ」と考えることだ。自分だけが苦しんでいる悩みだと考えると、「どうして自分だけが」と自暴自棄になってしまう。けれど、誰もが悩んでいることなのだと考えると、途端に「別に解決しなくてもいいや」と気軽に構えられるようになる。

 

 

例えば自分だけがハゲていれば悩んでしまうかもしれないが、ハゲている人がたくさんいれば、「しょうがない」と諦めたり、「自分だけじゃない」と考えることもできるようになる。

 

 

セネカの悩みを通すことで、現代の僕たちも自分たちの悩みに対して「これは2000年以上も前からずっと続いている悩みなのだ」と考えることができる。無理に改善しようとして苦しむこともなくなるのだ。

 

 

ずっと解決されないでいる悩みだと考えれば、悩みを悩みとも思わなくなるのではないだろうか。新型コロナウィルスと同じで、ウィルスを解決しようとするのではなく、共存すると考えると途端に楽で違った見方ができるものだ。

 

 

セネカが2000年以上も昔に悩みを打ち明け、苦しみの声をあげたことで、僕たちは現代の悩みを軽く見ることができるのだろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

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