悪口とは召喚だ。自分の味方を呼び寄せてくれる
悪口に善の効果があるとすれば、人に対して優しくなれることだろう。
人並み同様、僕も悪口は人間としてダメなことだとは思っている。相手をけなし、さも「自分はそんな間違いは起こさない」「自分はそんな馬鹿なことはしない」といいたげなのが、人の悪口である。
たとえば、悩み事に対して「悩んでいない」と言おうものならその、時点で「悩んでいる」ことを露呈していることになる。異性の話をしていて「オレはなんとも思ってないよ」とでも言おうものなら、その時点で「気がある」ことを露呈していることになる。それらと同じように、人の悪口を言おうものなら、その時点で「自分も悪口相手と同程度」ということを露呈していることになる。
どんなに正論だろうと、人の悪口を言っているということは、自分も同じようなレベルの視点で物事を見ているということ。「嫌悪感を覚える」あるいは「気になる」というのであれば、自分も同程度ということだ。同じレベルで物事を見ているから相手が気になるのだ。互いのレベルがずれていてば、相手が言っているものも気にならなくなる。
悪口を言うということは、自分も悪口相手と同じ程度の害悪を持っていることの露呈なのだ。
なのでもちろん、僕は悪口は忌むべきものだと思っている。けれど悪口にいいところがないわけではない。あえて悪口の効果をいうならば、それは同じ相手を嫌っている者どうしをくっつける、という効果だろう。悪口を言えば、他人どうし共感し合うのが容易になる。
「あいつのこと、嫌いなんだよね」
「そうそう、オレもそう思ってるんだよ」
とか
「あの発言、間違ってるよね。オレは●●っていうべきだと思うんだよ」
「そうだよねえ、そうでないとうまく回らないからね」
という風に、悪口というのは同じ方向を見ている者どうしをくっつけてくれるのだ。あるいは、悪口をいうとお互いのベクトルの向きが同じになるのだ。
共感し合うこと、同じ方向を見ている者どうしがくっつくこと、ベクトルの向きが同じになること。これの何がいいのかと言うと、怒りを沈めてくれる点だ。
悪口を言い合い、自分の他にも同じような悩みを持っている人間がいるとなると、悩みの種を俯瞰してみれるようになる。
「自分は怒っている」「自分は嫌悪感を持っている」という感情を、誰にも打ち明けずに自分だけが持っていたとしよう。そうすると、その悩みは自分しか見ていないことになる。自分の視点が全てであり、他の視点があること時代、目に入らない。
そうすると、自分が見ている視点が世界の全てになり、相手の存在はどんどん大きくなるばかりだ。悩みを悩みでなくするには、他の視点が必要なのだ。自分だけで考えているから、相手はどんどん大きくなる。相手は絶対的な存在になる。
「こうだろうか、それともこんなだろうか」とあらぬ想像をしてしまう。誰かと一緒に、同じ悩みを共有する事が必要なのだ。「自分一人ではない」という考えが、悩みが大きくなることを防いでくれる。
「自分ひとりが対峙しなくてはならない」「自分ひとりで対処しなくてはならない」と考えると、考えるだけでも重い。けれど、それが人類共通の問題であると考えるだけで、自分ではどうしようもないものだと考えられるだろう。
「自分一人でなんとかしなくてはならない」が、「自分一人でなんとかしなくてもいいもの」に変わる。同じ敵に対峙している仲間が見えることになる。強敵に相対しているのが自分ひとりだったのが、同じように相対している他の仲間達も見えるようになる。
「お前もそうなのか」「オレもだよ」「お前もそうなの?」「オレも同じだよ」と、構えている仲間の存在を感じられる。実際には仲間でないのかもしれないけれど、ある種の連帯感が生まれる。
人やなんかを呼び出すことを「召喚」という。裁判の場に、証明してくれる人を呼び出すことを召喚というし、悪魔や何かの存在を魔術で呼び出すことも召喚という。
悪口は召喚のようなもので、唱えることで自分にとって都合のいい存在を呼ぶことができるのだ。悪口を言うことで、同じ向きを向いている者、同じ悩みを持つ人を呼ぶことができる。向いている方向が同じであることを気づかせてくれる。自分の他にも同じように戦っている(悩んでいる)者の存在を気づかせてくれる。
自分と同じ立場の人間を呼び寄せ、自分が一人が悩んでいるわけではないことがわかると、途端に悩みというのは小さくなる。どれくらい小さくなるのかというと、それまで悩んでいた自分が滑稽に思えるほど。
悪口をいってスッキリするとはこういうことなのだ。
共感できる相手がいるということ。自分だけではないと思えること。自分の立場を強固にすること。相手をちっぽけなものにし、「もはや自分が悩むだけの敵ではない」ことを確認する作業。
そうすると、もはや敵は敵ではなくなる。攻撃すべき相手ではなくなる。攻撃しようとしていた自分、忌み嫌っていた自分がバカらしく思えるからだ。「仲良くしてやってもいいか」と寛容な気持も芽生える。
悪口をいう効果である。
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