子どもの非行の原因は、余裕のなさである
子どもの非行の原因は、「余裕のなさ」になる。余裕の無さが、非行の原因の全てではないが、原因の一つではあるはずだ。余裕を持つこと。無理をしないこと。中庸を大切にすること。それが非行に走らな無いようにするには必要なのだ。
なぜ余裕の無さが子どもの非行に繋がるのか。それには2つの意味がある。余裕の無さそのものが、非行の原因になる、ということ。もう一つは、余裕の無さがイライラの原因になる、ということだ。余裕とは、時間的な余裕と経済的な余裕に分かれると思う。時間的な余裕と経済的な余裕との間に、明確な線を引くことができるものではない。両者は密接に関係している。これとこれが時間的な余裕で、これとこれが経済的な余裕、とハッキリと分けられるものではないが、大きな方向としてこの2つがあるのではないだろうか。
まずは時間的な余裕だ。毎日毎日、仕事や家事に追われていては、子どもを見る余裕がなくなるし、見ようとするエネルギーも無くなってしまうだろう。「あれをしなければならない、これをしなければならない」と追い立てられる生活では、イライラもしたくなる。だから、いかに暇な時間を作るか。いかに暇がある生活をすることができるか、それが子どもをひこうに走らせないには必要なのだ。余裕のあるとはどのようなことか。具体的な例を上げれが、ホッと一息をつく一人の時間を作ることを頻繁にできるかどうか、だと思う。
この一人の時間は、ニュートラルのようなものだ。中庸を行く上で、ニュートラルは必要になる。極端に走りそうになる自分をリセットしてくれるからだ。一人の時間を持つとは、一回、ニュートラルに戻す、ことのようなものだ。車のシフトレバーのニュートラル、それと、格闘ゲームなんかの、技と技との間にいれるニュートラル、自然体な状態である。これをいれることで、ぶれている自分を見つめ直すことができると同時に、どっちにも行くことができようになる。
スポーツで例えれば、構え、のようなものかもしれない。膝を落として、どの方向にもすぐに対応できる姿勢のことだ。野球の野手は、守備をしているとき、ボールがどっちに飛んできてもすぐに走ったりジャンプできるように、腰を落としているだろう。
バスケでも、守備の時は相手の動きにすぐに対応できるように、腰を落としている。右からくるか、左からくるか、それとも上を通されるか、どこからくるか分からないから。それに対応するように腰を落としているのだ。
テニスでも、相手にボールを返したあと、一回一回、ニュートラルポジションに戻している。どこにどんなボールが飛んでくる分からない。右かもしれないし、左かもしれないし、それとも前に走らなければならないかもしれない。だから、どのプレーにも対応できるように、ニュートラルポジションに戻すことが大切なのだ。ニュートラルポジションに戻すことで、どこにでも対応できると同時に、間を置くことができる。右によっていた意識を、もう一度立て直すのだ。走った直後で崩れていた体制を、もう一度立て直すのだ。片側に移っていた重心を、もう一度真ん中に持ってくるのだ。それがニュートラルポジションなのだ。
一人の時間をつくるとは、ニュートラルポジションをつくることだ。一度リセットするのだ。片側に寄っていた意識を、崩れていた体制を、もう一度どこにでもすぐに対応できる姿勢に直すのだ。「もう一度」と思えば、そこに対応すればいいし、「今度は別のところ」と思えば、そっちに対応することもできる。
「怒り過ぎたな」と思えば、優しくする方に舵を切ればいいし。「甘やかしすぎたかな」と思えば、毅然とした態度を取る方に舵を切ればいい。「お金を使い過ぎたかな」と思えば、切り詰める方向に変えればいい。そんなニュートラル状態が、一人でいる時間なのだ。それまでの自分を、遠くから眺める客観の時間になるだろう。いかに自分の体制が崩れていたか、いかに自分の考えが偏っていたか、知ることができる。遠くから眺めることで、冷めた目を持つことができ、イライラしようとしていたみっともない自分を捉えることができるのではないか。
時間的な余裕よりは、直接的になるが、経済的な余裕も必要だ。経済的に余裕がなくなると、不測の事態に対応できなくなるし、「不測の事態に対応できなくなる」という不安からイライラの原因にもなる。「いかに経済的に余裕を持っておくか」も、子どもを非行に走らせないには大切なことになる。経済的な余裕を作るには色々とやり方があるが、これも一人の時間を作ることで見直すことができるのではないか。自分のお金の使い方を見直す機会を、一人の時間は作ってくれる。それと、私は質素であることに価値を見ることが大切なのではないか、と思う。難しいことではない。過美な装飾を「キモい」と思うように、作ろうとしてるものや見せようとしてるもの、そんな不自然なものに嫌悪感を持つ気持ち、それを大事にする、というだけのことだ。
子どもの非行を防ぐには、余裕が必要である。いかに余裕を持つか。それには一人の時間を持つことがお勧めである。
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