知ってしまったら元には戻れない〜図解論理学のことが面白いほどわかる本
世の中には、双方向移動可能なものと一方通行なものがある。
たとえば隣り合う部屋の間になにも仕切りがなかったら、お互いに相手を見ることができる。
江戸時代に隣近所の間に仕切りを設けることが禁止されていた時期があったらしい。これは幕府によって禁止されていたキリスト教を密かに信仰していないか、隠れキリシタンはいないかを明らかにするためだったらしいが、そうすると隣近所はお互いに丸見えになる。これは双方向移動可能な状態。
もしもお互いの間にマジックミラーがあったら、視線の移動は一方通行になる。
隣り合う部屋の間にマジックミラーがあるなら、片方の部屋からしか相手側は見えない。隣近所の間にマジックミラーが設置されたら、片側の家からしか相手側は見えなくなる。
これは物理的な話だけれど、心理的な話にもこれは応用できる。双方向移動可能なものと一方通行なものは、思考の世界にも存在する。
たとえば「裏方」なんてのは、見てしまったら元には戻れない。思考の世界での一方通行だろう。
皆んなが大好きなディズニーランド。ミッキーマウスやミニーマウスなどのキャラクターがいて。ビッグサンダーマウンテンやイッツ・ア・スモールワールドなどの楽しいアトラクションが設備されていて。エレクトリカル・パレードなどのイベントも催されていて。
けれど、ディズニーランドにも確実に犯罪は存在する。僕は行ったことがないけれど、ディズニーランドでも万引きは横行していて、実は一日に何人もが捕まっているらしい。万引したことがバレると、近くの設備からそっと秘密のドアが開くらしいのだ。
そこに犯人は連れて行かれて、警察が来るのを待つことになる。こんな裏方を知ってしまうと、とてもそれまでのように無邪気にディズニーランドを楽しむことはできなくなるのではないか。
なにもディズニーランドでなくともいい。レストランにも裏方はある。レストレアンにはお客さんが食事をするフロアの他に厨房があって、大抵のレストランではフロアよりも厨房は汚いことが常だ。汚い厨房を覗いてしまうと、それまで気持ちよく食べていた食事もできなくなる。いくら小綺麗にして食事をしていても、「料理は汚い厨房で作られている」と想像すると、食事も喉を通らない。
一度知ってしまったが最後、元の状態には後戻りできないのが一方通行である。
今回この本を読んで、まさに後戻りできない状態におちいってしまった。
僕は自分の文章には論理性が欠けていると思っていた。というのも、論理の飛躍こそが話を面白くすると思っていたからだ。全く関係のない話から始まって、最終的に予定通りの帰結に行き着く。この回り道のようなストーリーの迂回。読んでいて「それが何の関係があるの?」とでも言えるような飛んだ話が、見込みどおりの結論に行き着く。あるいは結論への旅の途中で、あまりにも関係のない話題が入る。
そんな論理の飛躍こそが、文章の中身を面白くすると思っていたのだ。
比喩というのも、論理性とは関係の無いものである。比喩とは文章を美しくするための、あるいは相手を納得させるためのテクニックである。類似した例や共通点のある例で形容して表現すること。
比喩をうまく文章中に含めると、文学的でなおかつ「なるほど」と思わせる文章ができあがるのだけれど、比喩は論理とは関係ない。比喩は厳密な演繹にそって例をあげるわけではない。あくまで書いている自分の頭の中のつながりであって、「なぜそれを持ってきたのか」を論理的に説明することはできない。「似ていたから」あるいは「●●と○○に共通性を感じたから」という飛躍そのものが、比喩の理由になる。
僕は比喩を使った文章が好きなので、自分の文章に論理性がなくてもいいと思っていた。
でもさっき「図解論理学のことが面白いほどわかる本」を読んでみたのだけれど、あっという間に考えが変わってしまった。急に踵を返すがごとく、向いている方向が180度転換してしまったのだ。
一度論理学のことが頭の中に入ると、「自分の文章が論理的に合っているか」ということが頭から離れない。まるでディズニーランドの裏方を知ってしまったかのよう。万引きが横行するディズニーランドの裏方を知ってしまった後では無邪気に楽しめなくなるのと同じように、論理が頭に入ってしまうと、無邪気に比喩ばかりで修飾した文章を楽しめなくなる。
知ってしまったら最後。元には戻れないのだ。
特に面白いのが、「対偶」だろう。逆(裏)は真ならずだ。横浜市民であれば神奈川県民だからといって、神奈川県民だからといって横浜市民なわけではない。横浜市民でなければ神奈川県民でないわけでもない。神奈川県民でなければ横浜市民ではないのだ。
文章を良くするには論理を学ぶことが必要だ。もしも論理を学んだからといって、文章が良くなるわけではない。文章が良くならないのは、論理を学んでいないからでもない。ただ、論理を学んでいなければ、文章は良くならないのだ。
というわけで対偶に代表されるように、一度論理法則を知ってしまうと、それまでのように無邪気な文章ではいられない。厳密な演繹というわけではないけれど論理性が気になってしまう。論理は裏方と同じで、思考の一方通行なのだ。
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