なぜこれからの時代に「非行に走らせない子育て」が必要なのか - 非行を防ぎ、素直な子どもへ

なぜこれからの時代に「非行に走らせない子育て」が必要なのか

2017.07.31 (月)

楽な子育ての時代

 

 

子育てが非常に楽な時代になりました。どういうことか。子どもの興味を最大限に発揮させることが、子育てに求められているからです。

 

 

遊びを突き詰めることこそが、将来の仕事になると言われているからです。子ども自身が面白いと思うことに、できるだけ制限することなく向かわせるのです。

 

 

遊びが一つ目で、勉強は二の次なのです。子どもたちが遊ぶ上で最大の障壁であった勉強が、これからは二番手とされています。無理にイヤイヤ学習をしなくても、人生は開ける時代なのです。

 

 

それはやはり、テクノロジーの進歩によってです。インターネットをはじめとするテクノロジーの進歩によって、私たち人間の不得意な部分は補えるようになりました。これから補われる部分はどんどんと増えるでしょう。

 

 

もちろん、うまく補える人とうまく補えない人と、格差はつくでしょう。必要な知識、必要な資金、必要な人的ネットワークなどをうまく補う方法さえある程度わかっておけば、勉強は二の次でも人生は開けるのです。

 

 

子どものモチベーションが最大限に発揮できる部分こそが、子どもの能力を最大限に発揮できる場所です。自分の能力を最大限に発揮できる部分に注力して、他はテクノロジーで補う。それで人生は開けるのです。

 

 

ですから嫌いなのであれば、無理矢理に頭に知識を詰め込むことはナンセンスです。無理に押さえつけて勉強させるのではなく、うまく子どもの方向をモチベーションの上がる方向に向けてやる。それこそが、これからの子育てだと思うのです。

 

 

ですから、私たちは「快」や「楽」を求めて子育てをしてもいいはずです。なぜなら、そこにこそ子どもが最大限にモチベーションを発揮できる部分があるからです。

 

 

嫌いなことをしていてモチベーションを発揮できる子どもはいません。楽しいこと、面白いこと、ワクワクすることでこそ、子どものモチベーションは発揮できます。

 

 

それは、子育てをする私たち親にも言えることです。不確かなことが多い子育てという分野で、「子どもは親を見て育つ」ことは、誰しもが共有している数少ない真実です。子どもは親の鏡であるように、子どもは育てられた親に似ます。

 

 

親が「快」や「楽」を求めることを知らなくて、どうやって子どもに教えることができましょう。私たち親は、子どもを導くために、「快」や「楽」を求めて子育てをするべきなのです。そこで育った子どもも、快」や「楽」を追求する喜びや奥深さを知る子どもになることでしょう。

 

 

これからの子育ての基準

 

 

ですが「快」や「楽」を求めての子育てには、気がかりなことがあります。「子どもが快や楽を追求するあまり、犯罪者になってしまわないか」ということです。快や楽を求めていては、犯罪に走る可能性が十分にあります。オレオレ詐欺、万引き、強盗、いずれも楽をしてお金を得ようとする手段です。

 

 

どこかで犯罪に走らないような線引きが必要なのです。子どもにとっては「非行に走らない」ということです。非行とは「子どもの犯罪」です。二十歳未満の未成年の犯罪を非行と呼ぶのです。

 

 

快や楽を追求する子育てに「非行に走らないように」という線引きは重要です。極論を言えば、非行にさえ走らなければ、いくら快や楽を追求しても子どもの人生は開けるのです。

 

 

「非行に走らないように」という意識さえ持っていれば、いくら快や楽を追求しても良いということです。「非行に走らないように」と意識することだけが唯一気にしておくべき基準で、あとは子どもをモチベーションが一番発揮できる部分に向けてやる。それがテクノロジーが発展する時代の子育てなのです。

 

 

「非行に走らないように」が子育てにおける唯一の基準になります。あとは子どもを興味の向くままに育てる。それこそが、子供の人生を開く、これからの子育てなのです。

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